第017話 豪華とは私のためにある言葉だ
ベリアルが呼んでくれたタクシーに乗っていると、本日泊まるホテルが見えてきた。
まあ、一言で言えば、豪華なホテルだ。
私達はホテルの人に案内されると、特別室で豪華な夕食を食べた。
そして、豪華でスイートな部屋に案内された。
「いやー、すごいのう。ベリアルはいいヤツじゃのう」
ウィズは部屋のでっかいベッドで嬉しそうに跳ねている。
「これが私の目標ね。こういう部屋にでっかいテレビを置いて、自堕落に生きる」
「よいのう! よいのう!」
ウィズはテンションがアゲアゲのようだ。
基本的にウィズは豪華さを好む。
まあ、魔王だし、そんなものだろう。
「のう、ハルカ、聞いてもいいか?」
ベッドで飛び跳ねていたウィズだったが、ベッドから下りると、私が座っているソファーまでやってきて、私の膝に座った。
「なーに?」
「妾はおぬしの事について、これまで聞かなかったことがある」
「エターナル・ゼロのこと?」
「そうじゃ。あの≪冷徹≫が死んだと思ったらおぬしが現れた。力はあるが、臆病でグズなおぬしが」
褒めてないなー。
「どいつもこいつもエターナル・ゼロのことを聞きたがるわねー」
大人気じゃん。
「それだけの存在だったのじゃ。夜を支配した王の中の王じゃ」
「あんたとも何度も争ったわねー」
「聞いておるのか?」
というか、記憶にある。
「私もあんたに聞きたいことがあるわ。それを教えてくれるなら教えてあげる」
「なんじゃ? 妾は隠し事をせん」
ご立派なことで……
「何で猫なの? というか、あんたって、勇者に殺されたんじゃないの?」
ウィズは魔王だった。
そして、勇者に討伐された。
そう聞いていたし、魔王本人もそう言っている。
でも、その人類の敵は目の前にいる。
「うむ………………………………」
黙っちゃった…………
まあ、仕方がない。
おそらくは自身のユニークスキルだろう。
ユニークスキルは基本的に他者には言わない。
自らの手の内をさらすようなものなのだ。
だから言わない。
それが恋人だろうが、親友だろうが……
「…………妾のユニークスキルじゃ。肉体が滅んでも、別の生物に乗り移り、身体を乗っ取ることが出来る」
言ったよ……
ってか、それ悪霊じゃん。
「自由に?」
「制限がある。妾が死んだ時に半径300メートル以内の生物に限るし、強い魂を持つ者には弾かれる」
恐ろしい能力だが、条件があるようだ。
「強い魂?」
「意思の強い者じゃったり、魔力の高い者じゃ」
「…………なるほど。だから、あなたは自分を殺した勇者には乗っ取れなかったのね」
相手を自由に選べるなら自分を殺した勇者を乗っ取ればいい。
でも、勇者は強いし、意思も強いだろう。
なんたって、勇気ある者なのだから。
「まあ、そうじゃが、勇者は嫌じゃな。というか、男は嫌じゃ」
それで猫か……
勇者にやられた時、手ごろなのが猫だけだったのだろう。
しかし、言ってはダメと言われるユニークスキルの中でも、このユニークスキルは絶対に言ってはいけない部類だ。
私のユニークスキルなんかはバレても問題ないタイプだが、ウィズのユニークスキルは完全に弱点というか、攻略法を含んでいる。
「これで私はあなたを殺せるね」
私は膝の上にいるウィズの背中をそっと撫でた。
ウィズを殺すには半径300メートル以内に誰もいない状況で殺せばいいのだ。
私は意志が強いかは知らないけど、魔力は高い。
おそらく、ウィズは私に乗り移ることは出来ないだろう。
「おぬしは妾を殺すか?」
「殺すわけないじゃーん」
というか、無理だね。
そもそも、戦っても勝てないのだ。
単純な魔力は無限魔力がある私の方が上だが、戦闘能力は雲泥の差である。
「そうか……」
「別に言わなくてもいいのに。エターナル・ゼロなんか、どうでもいいじゃん」
「家族と言ったではないか…………」
「ひゅー! ファーミリー!」
エターナル・ゼロが欲しかったもの。
決して、手に入れることができなかったもの。
「まあ、ファミリーがそこまで言うなら教えてあげよう。エターナル・ゼロは私がすべてを奪ったから死んだ」
「雑魚のおぬしが出来るとは思えん」
「奪ったって言い方が悪かったね。もらったんだよ。エターナル・ゼロは死を選んだから」
「あやつが? 信じられん」
何もわからないヤツがそう言う。
ウィズも、ベリアルも…………
「マジだよ。エターナル・ゼロは孤独に耐えられなかった。誰かといたい、誰かと笑いたい、誰かを愛し、愛されたい。でも、無理だった。元々、メンタルが強い女ではなかった。一度、たった一度、恋人に裏切られたせいで、誰も信用できない女になった。寂しがり屋のくせに、誰も信用できない。孤独が精神を蝕み、病んだ。そして、死を選んだ」
自分でも言っていたが、バカな女だ。
「あのエターナル・ゼロがのう……」
「だから、私は力をもらった。同じ真祖である私が」
「なるほど」
「私のユニークスキルは知ってる?」
「無限魔力じゃろ」
まあ、合ってはいる。
「それはエターナル・ゼロのだよ。私のユニークスキルは快楽吸血。血を吸った相手に快楽を与える。真祖の吸血鬼である私のユニークスキルがこれだよ?」
まず、戦闘には一切関係ない。
「まあ、しょぼいのう…………」
「ウィズの言う通り、私はドジでバカでのろまで何もできない吸血鬼なの。そして、吸血鬼になった当時は魔法も使えないし、戦うこともできなかった。20年間、必死に生き、必死に逃げた。でも、それは運が良かっただけで、いつかは終わる。ベリアルはいいヤツだったから助かった。でも、そのうち他の強者に殺される。殺されるだけならまだいい。奴隷商に捕まれば地獄でしょ」
永遠に奴隷だ。
死ぬことも出来ない。
ただ、永遠に酷使される人形となる。
「まあ、そうかもな…………」
「だから、私も死を選んだ。これ以上の地獄を見るなら死のうと思った。そんな時にエターナル・ゼロに出会った。お互い真祖であり、お互いに死を選んだ吸血鬼。私は、私達は一つになった。それがハルカ・エターナル・ゼロ」
「実際、おぬしはどっちじゃ?」
「さあ? 意識は沢口ハルカだと思う。でも、エターナル・ゼロの知識と記憶を奪った沢口ハルカを沢口ハルカと呼べるかはわからない。まあ、そもそも200年も生きてるしねー。もうどっちでもないかな。性癖だけは変わらなかったけど」
これだけは変わらない。
変えるつもりもない。
「なるほど…………だから、おぬしはたまにエターナル・ゼロっぽい言動をするのか…………」
二重人格ではないよ?
あれも私なのだ。
「私はねー、1000年以上を生きるんだ。生きなければならない。それも笑ってね」
それがエターナル・ゼロとの約束。
「じゃあ、妾もそうするかなー」
「ファミリーだもんねー」
「じゃな」
見たか、エターナル・ゼロ。
私はあんたとは違う。
私にはウィズがいる。
だから、1000年とは言わずに永遠の時を生きて見せよう。
「まあ、まずは金儲けかなー」
「妾はこのホテルに泊まった後に、あのアパートには帰りたくないのう…………」
「それを言わないで」
私も思っていることだから…………
◆◇◆
コンコン。
私とウィズがおしゃべりをしていると、ノックの音が聞こえてきた。
「んー? 誰かな?」
「キミドリしかおらんじゃろ」
まあ、そうだろうな。
あんだけ置いてけぼりにしちゃったし。
実際、ディナーを食べていた時もキミドリちゃんは無言だった。
私は入口まで行き、ドアを開ける。
そこには予想通り、キミドリちゃんが立っていた。
そのキミドリちゃんは私の肩を掴み、左右に揺らしながら部屋の奥を覗きこもうとしている。
「どしたの?」
私はキミドリちゃんの謎の行動を聞いてみた。
「いえ、お話がありまして」
キミドリちゃんはそう言うが、目線は部屋の奥だ。
誰かいんの?
「何? 部屋に興味があるの?」
「スイートです?」
「多分…………よくわかんないけど」
あまりホテルには泊まったことがないから詳しくない。
「やっぱり! 私の部屋は普通のシングルなのにー!」
そうなんか…………
「…………入る?」
「お邪魔しまーす!」
キミドリちゃんは食い気味に返事をすると、私を押しのけ、部屋に入っていく。
ホント、図々しいな。
私はキミドリちゃんを追って、部屋に戻ると、キミドリちゃんは部屋の中を探索していた。
「あ、あなた達、何を飲んでるの!?」
探索をしていたキミドリちゃんはテーブルの上にあるワインを見つけたようで、ワインを指差しながら聞いてくる。
「いや、ワインじゃが…………」
「ルームサービスで頼んだのー」
実にセレブだ。
「いいなー」
「キミドリちゃんも頼めば? そこにメニューあるよ。どうせ、ベリアルのお金でしょ」
私がそう言うと、キミドリちゃんはテーブルに置いてあるメニューを睨みながら考え、部屋に備え付けてある電話の受話器を取った。
「えーっと、1から7番のワインと、12番のステーキと、17番のキャビアを…………ええ、クラッカー? じゃあ、それで」
めっちゃ頼んでるし…………
キミドリちゃんは注文を終えたらしく、受話器を元に戻す。
そして、俯いた。
「長官…………これは接待なんです……仕方がないことなんです…………経費です」
図々しさがヤバい。
「まだ食べるの? ディナー食べたじゃん」
めっちゃ美味しかった。
「味なんて覚えてませんよ! あなた達の話が理解不能すぎて!!」
まあ、そうなんだろうなーとは思っていたけど。
「変なことに巻き込んで、ごめんねー」
私はあまり関係ないし、実際に巻き込んだのはベリアルだが、一応、謝っておこうと思った。
「わかりましたか? では、私は豪華なジャクジーを満喫しに行きますので、ルームサービスが届いたら受け取っておいてください」
キミドリちゃんはそう言って、お風呂に行った。
「図々しさもここまで来ると、いっそ清々しいのう…………」
ウィズも呆れている。
もちろん、私も。
私達はキミドリちゃんがお風呂を楽しんでいる間に、引き続き、おしゃべりをしていると、ルームサービスが届いた。
そして、ちょっとすると、キミドリちゃんがお風呂から戻ってくる。
キミドリちゃんはワインボトルを摘むと、オープナーも使わず、力ずくで栓を開けた。そして、ラッパ飲みしだす。
「わーお」
「品性のかけらもないのう…………」
私と違い、高貴とは無縁の生物のようだ。
「プハー! なーにが、品性よ! そんなもん、ドブに捨てたわ!」
いや、君は最初から持ってないと思う。
「まあ、好きにするといい」
ウィズは諦めたようだ。
「で? キミドリちゃんは整理できた?」
「無理ですねー。言っている事の半分もわかりませんでしたよ。だって、長官もあなた達も私に説明する気がないんですもん。だったら、私をあの席に呼ぶんじゃないよ。部屋の外で待ってた方が良かったわ」
あんだけワインをがぶ飲みしておいて、何を言ってんだ。
「説明聞く?」
「聞きます。心の準備はできました。もぐもぐ。このステーキ、やわらかーい!」
…………もういいや。
キミドリちゃんには何も期待しないでおこう。
「じゃあ、説明するね」
私はキミドリちゃんにアトレイアの事などを説明する。
キミドリちゃんは飲み食いしながら大人しく聞いており、時おり、考えるようなそぶりも見せている。
「ふーん、つまり、あなた達は異世界の住人で、吸血鬼と悪魔。長官は元悪魔の人間ってこと?」
「まあ、そんな感じ。理解できた?」
「理解はねー。でも、納得は出来ないですね」
まあ、そうかもしれない。
「申し訳ないですけど、ちょっと試してみてもいいですか?」
キミドリちゃんはワインをテーブルに置き、聞いてくる。
「何を?」
「あなたって、死なないんでしょ? それは首を刎ねても?」
「死なないよー」
私がそう言った瞬間、キミドリちゃんが動いた。
私は何が起きたかわからない。
私の目にはキミドリちゃんの足しか見えないからだ。
「おーい!! 部屋が汚れるじゃろ! バカなのか!? ここにはバカしかおらんのか!?」
ウィズが騒いでいる。
ああ……マジで首を刎ねられたのか……
普通、やる?
もし、私が嘘をついてたら、殺人だよ。
私はやれやれと思いながら自分の頭を持ち、首に戻す。
元に戻すと、キミドリちゃんは剣を抜いており、周囲は血だらけだ。
「弁償もんじゃん。仕方がないなー」
私はそう言って、血を操る魔法を使った。
直後、周囲に飛散した自分の血が手のひらの上に集まりだした。
集まった血は球体となって、ぷかぷかと浮いている。
「信じた?」
キミドリちゃんは私の手のひらに浮く血の球体をぼーっと見ている。
「はい。絶対に人間ではありませんね…………」
「まあねー。ねえ、キミドリちゃん。これを飲んでみる?」
私は手のひらを血の球体ごと、キミドリちゃんに差し出した。
「それを? それを飲むと、どうなるんです?」
「この血は私の力。私の魔力。それを吸収すれば、あなたは強くなれる。Aランク1位なんか余裕でなれる」
人間ごときには過ぎた力だ。
「悪魔の誘いっぽいですね。おそらく、現役だったころは飛びついたでしょう。でも、私は引退しました。遠慮します」
キミドリちゃんはきっぱりと断った。
「そう…………これで車を何台も買えるのに…………意思とプライドが高いねー」
品性はないけど。
「ちょっと待ってください…………いや、でも、うーん、ローン…………」
キリっとしていたキミドリちゃんがうろたえ始めた。
意思も弱かったかー。
「や、やっぱりいいです! 引退しましたので! そう、大丈夫です!」
「そう」
私は断られたので、血を飲み込み、体内に戻した。
「でも、キミドリちゃんさー。いきなり人を斬るのはどうかと思うよ」
「それはすみません。ノリでつい……」
こいつはその程度のもんで、人に斬りかかるのか?
ヤバい人だな。
「まあいいけど」
「とにかく、これでわかりました。それで、あなた達はこれからどうするんです?」
「どうするって、次から7階層のスコーピオンで稼ぐよ」
「お金稼ぎですか?」
「私の家って、6畳のアパートだよ? もっと良い家に引っ越したいじゃん」
趣はあるが、やっぱり、この部屋のような豪華な家が良い。
「なるほど。まあ、そうですよね」
「キミドリちゃんの家は豪邸そう。車が7台もあるんでしょ?」
「まだ6台ですけどね。私は実家です。以前は家というか、マンションもありましたが、売って、車を買いました。駐車場もなかったですしね。今は実家の庭が私の駐車場です」
こいつ、絶対に親に煙たがられてるな。
「実際さー、探索者って儲かるの?」
「ピンキリです。ハルカさんの望みが豪邸ならば、少なくとも、Bランクにならないと無理でしょう」
やっぱそうかー。
「どれくらいでなれる?」
「ランクアップの条件は現ランクの100位以内に入ることです。その条件を満たせば、申請できます」
「申請? 試験は?」
「試験というか、成果や人となりを見て、ギルド職員が決めます」
なるほどね。
「私、今、何位?」
「うーん、100位以降は言ったらダメなんですけど、まあいいか。ハルカさんはEランクの141位です。次の探索で100位以内に入ると思います」
Eランクの全体人数がわからないが。結構、上じゃないかな?
「じゃあ、Dにして」
「えー……成果や実力はともかく、人となりが…………ペドだし」
キミドリちゃんが難色を示す。
「いや、キミドリちゃんがAランクになれるんだから大丈夫でしょ」
こいつをAランクにしたギルド職員はクビにしたほうがいい。
「まあ、冗談です。あなたにはAランク1位になって、お金を呼んでもらわないといけませんので」
「Aランクはどうでもいいなー」
「いえいえ、稼いでください。儲けてください。そして、人を呼び、ギルド、ひいては、それが私の財布を潤してください…………実はもう一台、欲しいのがありまして」
ダメだ、こいつ。
こいつをギルマスにしたヤツは誰だ?
こいつ、そのうちギルドのお金に手を出すぞ。