殿下の失踪
「私達の新居よ!」
パトリシアは仔犬を抱いてアパートの部屋に入った。
「君の名前、まだだったわね?」
両手で抱き上げて、
「男の子なのね。それで着替えのとき背中向けたりするの?フフ、そんな訳無いわよね!」
パトリシアは仔犬を連れて、街角の占い師を訪れた。
「ウォーレン!ウォーレンよ!絶対。」
命名を頼んだ占い師は、興奮して即答だった。
「殿下と同じ名前なんて、恐れ多いわ。」
「大丈夫、貴方がウォーレン殿下とお知り合いになる事なんて無いでしょ?気にしない気にしない!」
強引に勧められ、本人?いや本犬?も、
「くーん。」
納得の様子なので、ウォーレンに決定した。
アパートに帰り、ベッドに入ろうとパトリシアが服を脱ぐと、ウォーレンはやっぱり背中を向けた。
「人族のウォーレン殿下見たいに紳士なのね!君はワンちゃんなんだから、遠慮しなくていいのよ!」
パトリシアが抱きしめると、また失神してしまった。慌てて背中を擦って意識を取り戻した。
「君、ホントに私の裸に反応してる?」
「くーん。」
「また、ちゃんと返事したみたいに鳴くのね!うん、これからは気をつけるわね。」
密着せずに鼻の頭を撫でて、灯りを消した。
翌日、ギルドに出勤すると、大ニュースと高額依頼で大騒ぎになっていた。
『ウォーレン殿下失踪、発見者には金貨300枚、有力情報にも内容に応じた成果金を支払う』
レグルス公爵家からのお達示だった。
「パトリシア、ペルセウス公爵家では殿下とお会いしてるんだよな?」
ギルドマスターは困った顔で尋ねた。
「ええ、先週の土日、公爵様のお屋敷でご一緒しました。」
「話を聞きたいってお客様が・・・。」
騎士隊の幹部と思われる初老の男性と隊長クラスと見受けられる男性が応接室でパトリシアを待ち構えていた。
パーティーで借りたドレスを返しに行って一泊したと、いろいろ端折って説明。求婚された事は勿論伏せておいた。一通り話すと、一介のギルド職員が、何故公爵家のパーティーに参加したのかと言う点で完全に不審者扱いになった。余り正直過ぎては、ウォーレンの立場を悪くしかねないと思い言葉を選んでいると、廊下が騒がしくなり、ノックの音が響くと、返事を待たずに開いて、ペルセウス公爵夫人が飛び込んで来た。
「大丈夫?拷問されなかった?」
パトリシアを抱きしめ、騎士隊幹部を睨みつけた。ウォーレンに政略結婚を勧める筆頭の様な人らしく、ペルセウス家を目の仇にしているらしい。落ち着いて情報交換すると、ウォーレンは先週の木曜の朝、珍しく起きて来ないのでメイドが起こしに行くと、パジャマは床に脱ぎ捨ててあり、洋服は下着一枚すら無くなっておらず、爵位を示すタグのネックレスは枕元の机に置いてあったそうだ。ドアに鍵は掛かって居らず、窓は10センチ程開いた状態で凍り付いていたとの事。
「新鮮な空気が美味しいと言って、真冬でもその位開けるのが好きですよ。」
公爵夫人は甥の、好みを説明して更に、
「開けっ放しで出掛けたりするような子じゃありません。誘拐されたのだとしても、争った形跡も無いそうですね?」
結局、新たな情報は無く、何かあれば報告する約束をして解放して貰えた。
賞金目当てで闇雲にウォーレン探しをする連中が多く、普通の依頼が滞ってしまう。薬草や、薬の材料は何とかしなければならないので、パトリシアは危険な割りに報酬の少ない、薬草の採取を請け負って山に登った。ダンジョンとは違い、パーティー制限とかは無いので、単独行動でも大丈夫。アパートに寄って、犬のウォーレンと一緒に出掛けた。
夕方迄頑張って何とか依頼の薬草を揃えられた。意外にもウォーレンを連れて行った事が功を奏し、薬草を嗅ぎ付け、雪を掘って大量採取を実現した。
ギルドに戻り、事務処理をしていると、ギルドマスターは、
「コレ出来てるよ!」
冒険者のライセンスプレートを渡した。人手不足をパトリシアが補うには必要な物で、以前からマスターは提案していたが、パトリシアは(当然Aランクなので)、目立ち過ぎを嫌ってランク認定を受けて居なかった。
「普通通りFからでは?」
「いや、ランク縛りのあるガイドをお願いするのに都合がいいからね!実力も経験も充分でしょ?」
まあ、今更作り直すのも勿体無いので、そのままAランカーとして、冒険者デビューすることになった。
終業時刻になり、アーリンとエマが引越し祝に遊びに来てくれる事になっていたので、一緒に買い出しに出掛けた。外食に誘われたが、犬のウォーレンが気になるので、引越ししてからは、毎晩自炊していた。一通り買い物を済ませ、アパートに向かうと、ウォーレンが立ち止まり振り返って吠えた。パジャマを着たマネキンに反応しているように見えた。
「ああ、お客様がいる時位、パジャマを着たほうが良いと言うの?」
「くーん。」
パジャマを買って帰った。
アパートに帰り、食事の支度をしながら、人族のウォーレンの話しで盛り上がった。
「ペルセウス公爵夫人って、パットを殿下のお嫁さんにしようと思ってるんでしょ?」
エマのツッコミに狼狽えるパトリシア。事実なので、否定するのも可笑しいし、正直に白状するのも不味い気がした。その後の二人の口撃に屈したパトリシアは、かなり控えめに、公爵夫人だけがそのつもりでいるように話し、完成した晩ごはんで、話題を逸した。
食後、シャワーを浴びて、新調したパジャマでまたお喋り。何時もシャワーの後はそのまま全裸でいると、ウォーレンは毛布に包まって相手にしなかったが、
「パジャマを着てたら、夜でも遊んでくれるのね!」
不思議な表情の二人に、着替えや裸の時、背中を向けて見ないようにする事を話したが信用しなかった。
「じゃあ、脱ぎますよ!」
パジャマを脱ぎ始めると、ウォーレンは背中を向けた。全裸になったパトリシアは、
「冗談よ、脱いで無いわ!」
ふりむいたウォーレンは、パトリシアの裸を見て、サッと毛布に包まってしまった。
「ゴメン、ゴメン、ちゃんと着たからね!」
「うー!」
不機嫌なウォーレンだったが、パトリシアのキスでとろけてしまった。
ダブルベッドに3人と1匹灯りを消してもお喋りは続いた。
「ねぇパット、この子って殿下が変身させられてるんじゃ無いかしら?ペルセウス邸に連れていって奥様に会わせて見たら?」
「そんなバカな話し、ある訳無いじゃな?・・・・ん?」
パトリシアは嫌な事を思い出した。