仔犬を拾う
「では、新人冒険者さん達の武勇伝を聞こう!」
屋敷の護衛は、国を護る騎士が配属されていて、公爵家に配属されるのはかなりのエリートである。
「私達が、新人を装ってダンジョンに潜った時の武勇伝です。」
実力を隠し、オーク戦で劣勢になると、臭い袋を投げてサポート、巨大オークに圧倒され気を失った振りをすると、一太刀でオークの首を落とした事、パーティー狩りを瞬殺、瀕死の被害者をヒールして、ミノタウロスも魔力の弾一発で仕留めた事をスラスラと発表していた。
「では、私の番だな?」
公爵の護衛にも着いた事はあったが、それと言ったエピソードは無い筈と、パトリシアは不思議顔で聞き入った。
「鷹狩の帰り道の話しだ・・・。」
獲物匂いに誘われ、コボルトの群れが馬車を取り囲んだ。鷹狩は公務では無いので、ギルドの冒険者が外を固めていた。数が多い為、苦戦していたが、急にコボルト達が去って行った。何事も無かったかのように馬車を進め屋敷に帰った。
「パトリシアよ、コボルトの群れを追い払ったのは、そなたの指笛であろう?」
完全に外堀を埋められ、誤魔化すのは困難と、パトリシアは腹を括った。
「はい、コボルトの天敵、飛竜の声を真似た指笛です。」
「済まない、私達夫婦には子供がいないので、甥のウォーレンを子供のつもりで可愛がって来たんだ。家内は政略結婚だけはさせたくないと、頑張っているんだが、当の本人が愛する女性を見つけられるか気を揉んでいたのだ。この度、ウォーレンが一目惚れしたと言うそなたの事を調べさせて貰った。どうだろう?私達夫婦の推薦であれば、家内の兄・レグルス公爵も納得してくれると思うんだが。」
「ありがとうございます。身に余る光栄と存じます。ただ、公爵家に嫁ぐ様な家柄にございません、謹んで辞退させて頂きます。」
公爵は想定外の回答を、しかも即答でフリーズ。奥様は、
「あら、ウォーレン、バッサリ振られましたね!これからは自力で頑張って下さいね。」
殿下を慰めたと思ったら、
「パトリシア、貴女はウォーレンの事は気にせず、何時でも来て下さいね!」
ニッコリ微笑んだ。
「法律上、問題ありません!僕は、家柄よりも人柄だと常々思うんです。突然で驚かせて申し訳ありませんが、ゆっくり考えて頂けないでしょうか?」
平民と貴族の婚姻は認められるようになっていたが、魔族はそもそも人族の法律にとらわれない立場なので、結婚云々って事自体想定外の出来事だった。公爵夫妻は慌てて謝りつつも、まだ諦めてはいない様子だった。
「本当に平民の出身なのですか?先日集まったお嬢様達に一歩も引けを取らないお姿で、ギルドやダンジョンでのパトリシア様と同一人物とは思えませんでした。」
新人風冒険者、いや、護衛の騎士達も素性を疑っていた。
一応、魔王の家系は公爵と同格とされているんだが、魔族と貴族との婚姻は例が無かった。気まずい雰囲気の中、公爵がお酒を勧め、非番になった騎士達も一緒に飲み明かした。
東の空が白んで来た頃、酔い潰れた男性陣を放置して、
「ソロソロ休みましょう、こんな時間ですから、お寝坊しましょうね。」
夫人の誘いで、パトリシアは客間(?)に引き揚げた。
翌朝、パトリシアは夫妻とウォーレンと四人で朝食のテーブルを囲んだ。3人はいきなりの求婚を侘びて、時間を掛けてもう一度良く考えて欲しいと諦めてはいなかった。食後、ウォーレンと二人で庭を散策し、幼少期に遊んだブランコに乗ったりしていた。
「パトリシア、君が家柄を気にするんなら、僕は爵位なんかどうでもいいと思ってるんだ。タグが無くたって生きて行く自信はあるよ。」
「昨夜お答えした通りです。殿下に、見合ったお嬢様をお選びになって下さい。それと、平民の生活は、貴族として育った方には過酷だと思いますよ。」
パトリシアの暇乞いに、夫人はウォーレンの馬車で送るように言ったが、パトリシアは辞退して往路同様、乗り合いの馬車で帰った。
公爵邸では、神妙な雰囲気で反省会が開かれていた。夫人は脈ありと読んだ判断の甘さを悔やみ、公爵は武勇伝として、パトリシアを讃えるストーリーのミスチョイスを反省した。
「僕が甘えてしまったせいです、お二人は気になさらずにお願いします。」
ウォーレンは肩を落とし、自宅に帰った。
不自然な護衛や、不自然なガイドの依頼もなく、普通の日々が続いた。雪がチラつく夜、教会の玄関の横に、仔犬が蹲っていた。野良犬だろうか?捨て犬だろうか?どちらにしてもかなりの衰弱で、放置すれば、朝まで持たないだろう、雪を払う迄真っ黒だと気づかなかったくらいだった。パトリシアはコッソリと部屋に連れ込んで、ベッドで暖め、餌になりそうな物が無かったので、保存食を噛み砕いて口移しに与えた。
朝になると、震えていた仔犬もスヤスヤ眠っていて、パトリシアがベッドから出ると、驚いたように硬直していた。
「飼い主さんが見つかるまでここにいられるよう、シスターに頼んで見ますね。」
全裸のパトリシアは仔犬を抱きしめると、大きな肉塊に挟まれた仔犬は、意識を失っていた。背中を擦ったりして様子を見ると、程なく気づいた。
「じゃあ、お願いしてくるから、大人しく待っていてね。」
『くーん』と返事をしたように鳴いて、毛布に包まったのを確かめ、身支度をして部屋を出た。
1週間だけ特例で仔犬を預かる許可を貰い、パトリシアは里親探しを始めた。農村地帯なら番犬とかの需要はあるが、ペットを養う程の余裕がある平民は皆無で、貴族様は、血統書の無い犬なんか飼わないので、空回りの日々であっという間に6日が過ぎた。仕事を終えギルドを出たパトリシアは、『入居者募集中』の貼り紙を発見した。
「満月の夜も、だいぶコントロール出来るようになったし、聖域のチカラを借りなくても大丈夫だわ!」
直ぐに、貼り紙の連絡先を訪ねた。大家さんはギルドと取引のある商店の店主で、トントン拍子に契約を交わし、鍵を渡してくれた。
翌日、ギルドの依頼を貼り出したボードに『引越し依頼、ダブルベッド一つ』が有った。
「シスターの寮に入れる事なんてないぞ!」
依頼書には、結構高ランクの冒険者まで群がり、安い報酬の割りにはあっという間に引き受け手が見つかった。他は鞄に入る着替えくらいしか無いので、その日のうちに引越しが完了した。




