救済の女神
工事が終わる予定の7日目は、魔物リスクの高いエリアの薬草採取に出掛けた。現れた魔物は雑魚ばかりで、初心者の攻撃で難なくクリア。ピクニック気分でランチにすると、
「おう、そなた達か!」
ご馳走に釣られマキシミリアンが現れた。
ウェンディの変身について相談したが、聞こえているのか解らない程度の反応でワインを要求、一応こんなケースも想定していたので、小瓶で用意してあった。リクエストに応えると、ご機嫌で飲み干してウェンディの頭上を旋回、
「元に戻る力を与えたぞ、ただ魔力が足りん。眼の色が赤になったら戻る事が出来るじゃろう。では!」
いつの間にか居なくなっていた。
ウェンディの眼は綺麗な紫に変わっていた。人族としては群を抜く魔力を持っているが、それでも足りないと言う事だろう。魔力アップの薬草は、今回の依頼の中にも有ったので、余分に採ってウェンディの分に回す事にして依頼の続きを励んだ。
ギルドに提出すると、
「お疲れ様でした。宿の工事も完了したそうですよ。」
報酬を受け取り、
「では、明日発ちますので、こちらでのお仕事はこれで最後ですね、お世話になりました。」
「いえ、事件に巻き込んでしまい申し訳ございません。またお立ち寄りの際には是非ギルドにも来てくださいね。」
ギルドマスターは名残惜しそうに見送ってくれた。
出発の時、3泊分しか預けていなかったので、残金を払おうとしたが、
「事件でご迷惑をお掛け致しましたから。」
と、預けていた金貨をそっくり返して来た。
「いえ、こちらこそ壁を壊してしまい、大迷惑でしたよね?」
パトリックが追加分の金貨が入った革袋をカウンターに置くと、
「修理費はギルドで負担してくれましたし、あのパーティーは、色々と難癖を付けて値切ったり踏み倒したりするので、この辺の商店街では腫れ物扱いだったんです。アレを駆除して頂いた分の謝礼だと思って下さい。」
交渉の末、最初に預けていた分をそのまま収めて貰って、追加分がサービスと言う事で決着した。
旅を続け、ミザールに到着。少し上流に迂回していた街道が河口付近に大きな橋が架かって、流れが良くなっていた。アルタイルの風が吹き込んで好景気が続いているらしい。街中の宿は全て満室で、旧街道の迂回した先にある古い宿しか空いていなかった。
新しい橋が出来た時、再開発地区に宿も出来て旧経営者はそこに移り、廃業の予定だった宿は、新しい経営者が買い取って営業が続いているそうだ。
今日の様に街中の宿が溢れる事はほとんど無く、そんな時位しか客が入らないのに、なぜ潰れないが不思議な程の宿らしい。到着すると、確かに宿ではあったけど、従業員の『いらっしゃいませ』が聞こえなかった。
扉を開いて声を掛けると、下手な変身で人族の姿になった魔族が女将として迎い入れた。廃業しているのかと思ったが営業中との事で、部屋をとった。食堂や厨房はある様だが、素泊まりしか無く、部屋を確保して街に戻った。
子連れでも入り易い、食堂を見付けた。アルコールの提供が無い店なので、治安も良く落ち着いて食事を楽しんだ。近くのテーブルの噂話を聞くと、現ミザール、ランディは急速にアルタイル化し、橋や街道を整備してどんどん景気が良くなり、大人気の魔王らしい。
「ねぇ知ってる?」
更に聞こえて来たのは、パトリシア達がランディ、ケイトと出会った事件の話にだった。数年間掛けて尾ヒレ、ハヒレが付いて、パトリシアが救済の女神、四天王がその守護神でドラマの様に語っていた。
食事を終えて宿に戻ると、慌てて掃除をして、布団を敷いていた様だった。浴場は男女交代制だったが、他のお客さんがいなかったので、自由に使わせてくれて、混浴で一斉に入った。
部屋に帰って灯りを消すと、何処からかヒソヒソ話が聞こえていた。ジョージは、ネズミの魔物を呼び出して、偵察に出した。
「クーデターの計画らしい。」
大人しく眠って、朝になってからミザールに使い烏を送った。
程なく到着したのは人族の騎士隊で、有無を言わさず地下室に踏み込んであっさりと制圧、証拠を抑えて関係者をチェック。今度のクーデターも未遂に終わった。騎士隊の隊長らしい人が、
「ミザール殿が是非お立ち寄り下さいとの事です。ご案内致します!」
断り辛い勢いだったので、言われるがままに屋敷に向かった。
ミザールの屋敷に着くと、ケイトが迎えた。よちよち歩きの子供の手を引いて1人を背負い、1人を抱いて、お腹の中にもう一人いる様だ。もうすぐ3歳のドゥペ、2歳のメラク、1歳のフェクダそれとお腹は臨月。ランディは女の子が産まれるまであきらめないとの事だが、ケイトは流石に今度で打留めにしたいらしい。
ミザールが駆け付け、再びクーデターを未然に防いだ感謝と、懐かしさで興奮して滞在を勧めた。これも断わる選択肢はなく、気が付くと客間に荷物が運び込まれていた。
襲名以降の報告を聞くと、アルタイル流で街を整備、人の流れも盛んになり、あちこちの美味しい物が手に入る様になったりして、暮らしが豊かになったそうだ。港も整備して漁業も強化されたらしく、新鮮な魚介類がテーブルに並んでいた。
子供達は、自分達より小さい子を見るのは初めてなので、どんな反応をするのか楽しみで観察すると、そんなに変わらないサイズのドゥペを抱っこしている(つもりの)へーべは、頭を撫でながら何か歌っていた。ドゥペも抱かれ心地は良くない筈だか、それなりに喜んで居るように見えた。もっと小さいメラクとフェクダは、かなり嬉しそうに見えた。交代で抱っこして、手が空いたイリスがケイトに歩み寄り、大きなお腹を擦って、
「弟くんも産まれていたら抱っこ出来たのにね!」
娘の言葉に驚いたパラスがケイトと視線を合わせると、
「性別は調べてません。でも、子供って解るみたいですよね?」
「5人目チャレンジですか?」
ケイトは首を振って、
「第二夫人、第三夫人に任せるわ。ベガからは、4人目を勧められていますからは、そのうち女の子も出来ますわ!」
魔王は一夫多妻は当たり前だが、正妻は快く思わない話をにこやかに話していた。
屋敷務めの医者に性別を調べてもらうと、イリスの言う通りの男の子。もうすぐ産まれて来る四男はメグレズと名付けられた。