14人旅
ウェンディは、ペルセウス夫人の着せ替え人形を務め、帰省の度に膨らむクローゼットに驚くのも忘れる様になっていた。次の帰省では、元の姿だと主張して新規の購入は回避出来ていた。夫人も本来の姿に戻る事を1番に願っているので、業者を招いての衣装選びは諦めたそうだ。
諦めた人がもう一人。魔王アルタイルは孫娘達を自分の屋敷で乳母に預ける事を勧めたが、本人達は、セレス達を母親と認識して育っている様で、母娘を引き離す訳にもいかず、魔王の望みは叶わなかった。
3学期に向け、デネブに向かう。寮に向かう旅はこれが最後だろうと思うと、郷愁の思いが湧いてきた。物思いに耽るのも趣があると思っていたが、相変わらずのナンパに会い続け、現実に引き戻されてしまった。淡々と馬車を進める。危険な魔物や盗賊の類いは、粗方片付いているので順調にデネブに到着した。
セレス達をデネブの屋敷に送り、馬車を返しに行き、夕食の店を選んだ。街中は治安が良くなったのと、パトリシア達の武勇伝が広まっでいたので、面倒なナンパ等の心配は無かったが、珍しく人族の紳士が声を掛けた。
「私、五段校を営んでおります、エルナトと申します。」
五段校のスカウトだった。丁重にお断りして、なんとか逃げ切った。
「これから、こんな面倒も増えそうね。」
ジェニーは頭を掻きながら呟いた。
その後は波風立たずに寮に帰り、明日の始業式に備えた。
翌朝、教室に着くと、
「おはよう御座います!」
耳を疑う、聞き覚えのある声が響いた。申し訳無さそうに現れたのはデュアだった。魔力放棄の副作用で、カラダが不安定な事を逆手に取り、変身の魔法を掛けて貰ったとの事。魔王レベルの高度な術で、1度きりの魔法なので、デニスは今後一切現れる事は無い。
デュアの記憶も、幼少期のデニスの記憶が、他人から聞いて覚えた様に、第三者的なモノでしかなくなったらしい。魔力放棄する前とほぼ変わらない状態と言える。変わったのは騎士の監視が居なくなった事ぐらいだろう。
元々、デュアとデニスを同一人物とは思わないし、事情を知ったとしても変わりが無いので、元通り一緒に勉強して、一緒に暮らす事になった。ウェンディがパトリシアのベッドに引っ越す事になるが、2ヶ月程の事なので、そう問題でも無い。犬のウォーレンはデュアを毛嫌いしていたが、ウェンディにその他傾向は無いので、7人での寮生活を楽しく過ごした。
五段校からの勧誘は、先生を通して繰り返された。都度キッパリ断ると、流れ弾の様な白羽の矢がデュアに刺さった。元々受験する積もりでいたそうで、トントン拍子に話が進んだ。座敷牢の頃はバイトも出来なかったので、学費や、寮を出てから掛かる生活費を心配したが、デネブの屋敷に住む事で、話は付いているそうだ。
無事に卒業式を迎えた。卒業試験では少し手を抜いて、代表に選ばれる事を回避。進学に向けて、全力投球したデュアが主席を獲った。皆んなが調整した事に気付き、ちょっと拗ねていたが、折角の晴れ舞台なので、しっかりおめかしして、ギリギリ迄、答辞の原稿を睨んでブツブツ言っていた。
卒業式はデュアの答辞を含め、滞りなく終える事ができた。後援会長のデネブは貴賓席でデュアの晴れ姿をはしゃいで応援していた。セレス達、実の娘が出番が無いからかなのだろうか、随分楽しんでいる様子だった。
寮を引き払って、新たな旅を始めた。デニスを探して最初に出掛けた行程を辿り、里帰りの梯子を計画。セレス達と子供達も一緒なので大人10人、子供4人の大所帯。旅の始めは極細の山道を通る予定なので、小型の馬車を中古で用意。ボロボロの4人乗りを5台、捨て値で購入した。機動性重視、あまりにもレトロなので、最悪乗り捨てを余儀なくされる事も想定しての手配をした。何時もダンジョンでの収獲や盗賊を捕まえた時の戦利品を良心的な価格で買い取ってくれる商店のオジサン達が、餞別代わりに申し訳無い価格で売ってくれて、武器等の調達やメンテナンスを頼んでいたオジサンは、特に傷んだ部品を交換して、実用に耐えうる馬車にしてくれた。保存食等は、買った分よりも、オマケの方が多いんじゃないかと思う程の大盤振る舞い。しっかり準備が整った。
途中、妖精の居そうな森を訪ねる。たまにワイン目当てで現れる事はあるが、ここ半年はご無沙汰している。ウェンディが変身できないのは、妖精の影響に間違い無い筈なので、今回の旅の課題の1つでも有る。
最初、山道を北上して海岸に出る。先ずはそこでマキシミリアンを呼んで見た。残念ながら空振りで、お弁当を広げても反応は無かった。
道中、人里すら無いので、当然宿等は無い。何も設備の無いキャンプスペースが点在して、そこにテントを張って寝泊まり。珍しい体験に子供達は大喜びだった。山道が連続した下りになると、生い茂った木々の隙間から海が見える様になり、道幅が拡がり、凸凹や泥濘みが少なくなって来た。傾斜が無くなると、海岸線を走る街道に出た。遠くに見えて来たのは、豆撒きをした、大聖堂の在る街だろう。久しぶりのお風呂とベッドを期待して、オンボロ馬車の一行はスパートを掛けた。