公爵邸の護衛
公爵邸に到着。
「お待ちしておりました、先ずはご準備を。」
執事だろうか?上品な老紳士がパトリシアを招き入れた。屋敷の中にはメイドが待ち構えていて、衣装部屋に連れ込まれた。
「こちらにお召替え下さい。ずっと近くで警護頂くには、こちらの方が都合が宜しいそうです。」
不審に思いつつもドレスに着替え、依頼主の奥様へご挨拶。
「思った通りね、とてもお似合いですわ。」
「奥様、とても素敵なドレスですが、これでは警護の任務に支障があります。武器も持てませんし防具着けられません」
「では、兜を冠ってみましょうか?」
公爵夫人が合図をすると、執事がうやうやしく運んできたのは、冠るモノには変わらないが、兜ではなくティアラだった。公爵夫人はパトリシアに冠せると、
「今日の攻撃には、充分な防具の筈よ。それから、私の事は『叔母様』と呼んでちょうだい。」
パトリシアはかなり面倒な立ち位置にいる事を改めて覚った。公爵夫人にはご実家に甥子さんが一人だけ、彼女を『叔母様』と呼べる女性はその甥子さんの奥様だけと言うことになる。ティアラも実家の家紋をデザインした物で自身が独身の頃に身に着けていた物だろう。しかもその甥の母、公爵夫人の義姉は王の妹なので、順位は低いが王位継承権も有る超VIPだ。
「大丈夫、今日は女性だけの集まりですから、ウォーレンは来ませんよ。」
公爵夫人は、パトリシアが既に状況を把握した事に気付くと、ミッションを説明した。
政略結婚を目論む年頃の娘を持つ奥様達が、その娘を披露し合う、童話の舞踏会のプレマッチと言った所だろう。夫人の兄、彼の父親は政略結婚も止む無しの立場だが、母親と本人はそれを望んで居ないそうで、軽い助太刀の積りとの事。
「今日のところは私の側で美味しい物を召し上がれ。」
夫人は嬉しそうにしているが、『今日のところは』って言う事は、今日で終わらないって事をパトリシアは理解していた。
素敵なガーデンで長い時間を掛けてのランチ、代わる代わるお嬢様達が、公爵夫人のご機嫌を取りに来る、だいたいの女性は、公爵夫人の作戦で、側に寄るだけで打ちひしがれ、戦意の有る人でも、パトリシアのティアラを見てかなりダメージで、一次予選の積もりが、セミファイナル位に篩い落したようだ。
夕方までお喋りして、そろそろお開きの頃、大きな馬車が停まった。降りて来たのは、ウォーレン・グラハム・レグルス。屋敷に集まっている沢山の女性達のお目当ての男性だ。門を通過すると、彼は真っ直ぐパトリシアに向って歩き、片膝を付いて、手の甲にキスをした。セミファイナリスト達の顔面から血の気が無くなった。そそくさと馬車に向かい、ウォーレンはホストファミリーのようにしてゲスト達を見送った。
「叔母上の戦術が些か強引と思いまして、心配で来てみたんですけど、想定以上の成果ですね!」
「貴方がトドメ刺しましたわね。」
「奥様、わたしはそろそろ・・・」
「あら、『叔母様』って呼んでくださる約束でしょ?」
「もうゲストと方々はいらっしゃいませんわ。」
「あら、ずっとでも嬉しいのに!それにギルドの馬車はまだ来ませんよ。お茶でもいかが?」
「叔母上、何時までも縛り付けるのはご迷惑ですよ。馬車を待ってるのでしたら、僕がお送りしましょう!」
ウォーレンがメイドに馬車の手配をさせた。
「その方が素敵ね!」
夫人は大喜び、
「では、着替えて参ります。」
「駄目よ、そのままでお帰りになって!車寄せまで送らせて!」
二人が馬車に乗り込むと、メイドの一人がパトリシアの着替えが入ったバッグを提げて、従者のようにして乗り込んだ。
「済まない、叔母の悪戯に付き合わせちゃったね。で、何処まで送ったら良いのかな?」
「では、ギルド迄お願いします。」
「えっ?ギルド?」
「はい、今日は奥様から護衛の依頼で参りました。ちょっと面食らいましたけどね。」
「では、僕が護衛されてたんですね!通りで心強いと思いました。」
公爵夫人のお茶目なエピソードで笑い合う内に馬車はギルドに着いた。パトリシアはメイドに、
「ドレスはどのようにお返ししましょう?」
「パトリシア様に誂えたドレスです。そのプロポーションに合うドレスは偶然借りられる物ではありません。」
「でも今朝は10着以上の中から選びましたよ?」
「パトリシア様のお好みが解らなかったので、色々なパターンで20着ご用意してありました。クローゼットに余裕がお有りでしたら、お運び致しますよ。」
公爵夫人の悪戯のスケールにパトリシアはウォーレンと目を合わせて苦笑いをした。
「取り敢えず、ティアラはお返ししますね。」
パトリシアが外そうとすると、
「ティアラやクラウンを返す事は、離縁を意味するので縁起が悪いんです!」
「でも、お借りしているものですから・・・」
「叔母が差し上げたつもりなのに、僕が持ち帰ったらとても悲しみます、叔母に確かめる迄、お持ち頂いても宜しいでしょうか?」
クローゼットはスカスカだし、並の金庫以上の結界も容易いし、そもそもシスターに紛れて教会の施設で寝泊まりしているので、泥棒のターゲットに入っている筈がない。貴重品を預かってもそれ程の危険は無いだろう。パトリシアは先の事より、ギルドで浮きまくっている、今の状況を打開するのが先決で、なるべく早く更衣室に行く事を選び、色々と課題を残したまま、ウォーレンの馬車を見送った。
「お姫様、お帰りなさいませ。」
ギルドマスターが、戯けてパトリシアを迎えた。ロビーは騒然とし、パトリシアを中心に人垣の輪が出来たが、マスターが事務所迄エスコートして、一先ずは場が落ち着いた。
「着替えて来ます!」
「いや、終業時間までそんなに無いからさ、もうちょい目の保養させてよ!」
マスターの制止に、同僚達が全員一致で賛成した。
「パット、何時ものスッピンみたいなお化粧も素敵だけど、しっかりメイクすると、お姫様?女神様!」
アーリンは、膝まづいて神に祈る姿でパトリシアを見上げた。
結局、ドレスのまま本日の護衛任務の報告書を仕上げ、手続きを済ませた。カウンターに出るとまた大騒ぎは必然なので、事務処理を熟して終業時刻を迎えた。
ようやく、メイクを落として何時もの修道服に着換え、
「明日、少し遅れての出勤にしたいのですが・・・。」
「いや、明日は先日のルーキー達が、同行を予約していてね、明後日じゃあ駄目かな?」
マスターは、済まなさそうに明日の予定を伝えた。パトリシアは期日を約束している訳でも無いので了解し、ドレスやアクセサリーの詰まったバッグを抱えて教会に帰った。