酪農の村
「じゃあ、敵陣に潜入ね!」
内陸に進路を取れば、アンタレス系のエリアだが、人族に変身出来ない状態では騒ぎになるのは目に見えているので、海岸沿いを通って、一旦アルタイルに帰るつもりだった。
妖精の魔法が解けたので、中立地帯を調べながら、敵陣も覗いて見ようと、当初の計画に戻した。
大渓谷で中立地帯と仕切られていて、ずっと迂回するようにして渓谷の狭くなった所に掛かった橋を渡らなければならない。以前は渓谷までアンタレスか仕切っていたため、自然の濠をして機能していたが、中立地帯となっては、通行の妨げにしかなっていない。やっと馬車が通れる程度の山道を通り、危なっかしい吊り橋を渡って、更に整備されていない山道で集落に到着。宿は有ったが、雨露凌げれば、御の字って感じだった。
「あの谷に橋が架かれば便利なんですがね。」
宿の主の話しによると、人族はアルタイルの街に流出、残っているのは酪農家が殆どで、牛乳や乳製品の出荷先も谷を越えるので、不便な暮らしらしい。隣接するアンタレスのエリアも、酪農地帯だが、更に過疎化が進んで、集落はほぼゴーストタウンになっているそうだ。荒れた牧場に魔物が住み着いたりして、こちら側にも出没するので、更に生活が困窮しているとの事。
「君の親父さんなら、あそこに橋を架けるだろうな!」
ショーンが言うと、
「君のお兄さんなら、魔物の駆除をするわね!」
パトリシアも笑った。
人族の長は、長年のアンタレス支配から逃れたので、今の貧困の方が良く、アルタイルとの距離を縮めたら、また魔族に搾り取られる心配をしているようだ。産物を売りに行く若い世代は、アルタイルの影響で栄えた街を見て来ているので、出来るなら、橋を架けて貰って、海岸の街との交流を深めたいと思っているが、長は反対だし、どこに頼んで良いかも解らなかった。
「取り敢えず、魔物、片付けよっか?」
オモチャをオモチャ箱に片付ける位のノリでジョージが宿を出た。皆んなで手分けして集落の付近を回っただけでゴブリンを数匹仕留め、1匹を泳がして巣を突き止めサクッと片付けた。残党も考えられるので巣の入口に罠を張って宿に戻った。案内(見張りのつもりだったかも?)の青年は、興奮して経緯を報告していた。
見かけに見合った安い宿賃なのに、ゴブリン退治のお礼と言って、かなり奮発したと思われるご馳走が振る舞われた。
部屋は大部屋に雑魚寝。一応衝立を用意してくれたので、仕切られたままで寝る事にした。ここの所、満月じゃなくても、一人で寝ることが無かったので、ちょっと寂しい気もするパトリシアだったが、ウォーレンを抱いて眠りについていた。
翌朝、食事の前に罠を見に行って、もう掛かって無いのを確認して宿に戻った。長がお礼に来ていて革袋を差し出した。
「いえ、ついでですから。昨夜、沢山ご馳走頂きましたし!良かったらそれで、アンタレスとの関所を整備されては如何です?今、入り込んでいたゴブリンは駆除しましたけど、多分あそこから来たんだと思うんですよね。また来ない様に塞いじゃいましょう!」
パトリシアが、お礼を断っているうちにジョナサンはササッと手紙を書いて、封筒の裏に、4人でサインしていた。
「宿の主や、街に産物を売りに行く青年から聞きました。あの渓谷に橋を掛けたいのなら、海岸沿いにあるフォーマルハウトの屋敷にコレを届けて下さい。美味しいバターやチーズだけでも街にメリット有りますし、アンタレスを牽制する意味ではここは要所ですからね。相談に乗ってくれる筈ですよ。」
長をはじめ、集まった人族はキツネに摘まれた様な顔をしていたが、
「では、これから朝食ですので失礼します。」
サッと宿に逃げ込んだ。
貧困の村としては最上級と思われる食事を頂き、関所に向かった。途中、歳老いた魔族が一行に声を掛けた。
「若いの、なぜ人族の格好をしておる?」
「色々目立ちたくないんです。」
パトリシアが答えると、
「目立ちたくない者が、派手な魔物退治か?して、如何ほど貰ったのかな?」
「チーズ増し増しとかな、取って置きのワイン飲ましてもろたで!メッチャ美味かったなぁ。あと、弁当まで持たせてくれたんやで!」
ケヴィンの回答に納得しない老人は、
「カネは幾らかと聞いとるんじゃ!」
「僕ら、人探しの旅をしてるんです。ついでなので、お代は頂いていませんよ。」
ジョージの回答は意外にも信用している様子だった。
「面白い奴らじゃ。儂はあの関を見ているモンじゃ、アンタレスは通さんが、壊れた関からゴブリンが入ったようじゃ、始末をしてくれて感謝致す。主らアルタイルのモンじゃろ?人族の長は、儂に気を使って、中立を貫いておる。これでも、若い頃は、アンタレスを追っ払った立役者って言われたもんじゃ!ただもう引退じゃ、ゴブリンに手を焼くようじゃ、お払い箱ってモンじゃ。」
言いたい事を言い終わると、達者な足取りで集落に向かって歩き出し振り返ると、
「コッチから向こうには、すんなり通れるから勝手に行ってくれ!じゃあな!」
そのまま行ってしまった。
後から聞いた話しでは、アルタイルの資金で大渓谷に吊り橋を架けて、乳製品がラクに出荷出来るようになり、人手不足での減産は解消に向かい、美味しい物を求める来訪者が増えたり、少量しか作れない美味しいワインがその稀少価値も手伝って、『幻のワイン』として高額で取引される様になって、貧困から脱却しつつあるそうだ。
引退した老人に代わって、アルタイルの若いモンが交代で魔物を見る様になり、往来が増え、酒場や食堂も出来て、アルタイルにもリターンはあったようだ。
引退した老人はアルタイルの御隠居さんと同等の扱いで集落で過ごしていた。
後に中立、日和見の魔族が先の気兼ねなくアルタイルの傘下に降る前例となる大きな出来事だが、当の本人達は、ワインとチーズで充分に満足していた。