豆撒き
雪道を行く。少し早くても宿のある集落に泊まって、テント泊を避けた。どうしても、集落の距離が遠すぎると、仕方が無い。
「ジョナサン?何してるの?」
かまくら?氷のドームを作っていた。
「ああ、氷って風通さないし、断熱性も高いんだ!この中にテント張って、結界張れば楽園だぜ!」
ジョナサンはご機嫌で作業を続け、パトリシアがテントを張っているうちに、氷のお屋敷が出来上がっていた。
「アカン、旨そな猪が居んのやけど、暴れたら、雪崩を起こしそうでな、今、ショーンとにらめっこしとる。四方から囲んで一気に始末せんと、逃がしてもキケンやで!ジョージも向こてるで。」
ジョナサンも助っ人に向かうと、以外とあっさり帰って来た。
「強めに殺気を放って、フリーズした所を射るつもりだったんだけど、猪が山の方にダッシュしてさ、雪崩のキケンが大きくなったから、慌てて殺気を増したんだ、それがつい四人でやっちまって、猪のヤツ心臓発作かな?パタンと死んじまった。ま、騒ぎにならずに獲れたから良いよな?」
苦笑いのショーンが言い訳っぽく狩りの報告をしていた。ケヴィンはサクサクと解体して焼き肉の支度を進めていた。
殆どを保存用にブロックにして冷凍、それでも全員苦しい位の満腹で寝袋に潜った。宿に泊まる時はソファーで寝ているウォーレンだが、今夜すんなりと寝袋で眠っていた。抱きしめられるのも少し慣れたのか、大人しく寝袋に留まっていた。
翌朝、ウォーレンも寝袋のまま目を覚ました。また、明るいうち馬車に揺られると少し大きめな街につく予定。多少雪で遅れ陽が落ちた頃街に着いた。
魔族が殆ど住んでいない街で、『神の歌』で歓迎する聖歌隊で有名。観光客は、ほぼ強制的に教会に寄るのがここのスタンダード。ジョージは迷惑そうに、
「この教会って、魔族を神の敵扱いなんだよね?ちょっと嫌いかも。パットはよく教会で暮らしていたね?」
「魔力を抑えるのに都合が良いのよ。」
大聖堂で『神の歌』を聞く。独特の高音が聞こえない、聖歌隊の人数がステージの割にかなり少なく見えて、特にボーイソプラノの男の子が全く居なかった。神父さんに聞くと、
「昨夜、鬼の夢を見て寝込んでいるんです。殆どの人々が鬼の夢を見たんですが、子供が特に症状が重くて・・・。」
宿を見つけてフロントで主人に聞いて見ると、
「手前どもの倅も鬼の夢を見たと言って、寝込んでおります。今朝少し起きていたのですが、その時に描いた鬼の絵です。」
真ん中にひっくり返った猪が描かれ、四隅には鬼?角や髪の特徴から、変身を解いた四天王達に間違い無いだろう。
「た、た、大変ですね。」
特に咎められる筈も無いが、逃げる様に部屋に入った。
「湖、作らないでね!」
パトリシアが、四人を叱った。ウォーレンは、意味が解らず首を傾げていた。
5人が幼い頃、領外の山にハイキングに出掛けた時に魔物に襲われた事があった。幼いながらも、後に四天王と呼ばれる彼等の気配は、魔物を寄せ付けないパワーが有ったが、悪意で使役された魔物で、パトリシアを狙われた。不意を突かれ、パトリシアが転んだ拍子に膝を擦りむくと、先ずはショーンがキレて魔物を焼いたが、当時既に『アルタイルには大人顔負けの炎の使い手が居てお嬢を護っている』と噂になっていたので、ショーン対策の滅法火に強い魔物で、ムキになったショーンは、火力を上げ魔物の周りの地面を溶かして抉ってしまった。魔物は火には強いものの、溶けた土に沈んでしまい、ジョナサンが窪みを水で満たすと池になって水底で土が固まりそのまま上がって来なかった。そんな事があったので、成長してからの魔力で同じ様な事をすると池を超えて、湖が出来てしまいそうなので、『湖を作るな』は、暴走注意を意味する。
反省の表情の4人にパトリシアは、
「でも、いい事もあったの。」
ウォーレンが距離を詰めて来た。何時もは無理矢理一緒に寝ているが、昨夜は自ら寝袋に入っていた。四天王の殺気に反応しているのは間違い無さそうだか、怖くて甘えているのか、パトリシアを護っているつもりなのかは判断出来ない。日中も、誤って踏み付けてしまいそうな位に纏わり付いていた。ジョージはウォーレンの背中を撫でて、
「パットを頼んだぜ!」
自分の部屋に戻り、他の3人も続いた。
シャワーを浴びて出てくるパトリシアは、浴衣を着ていた。全裸でいると、ウォーレンが遊んでくれないので、宿に泊まる時は、浴衣は必須になっていた。昨夜から纏わり付いているウォーレンは、初めて自主的にベッドに入っていた。
「聖歌隊の子、何とかならないかしら?」
ウォーレンは、首を傾げ考えている様子だった。最近は慣れたのか、浴衣のお陰か抱きしめても失神する事はなくなり、パトリシアは毛並みの感触を味わって、ウォーレンもうっとり眠っていた。
「手伝ってね!」
パトリシアは手芸材料を買い込んで何かを作っていた。買い物を入れると半日掛かりで完成したのは『鬼の被り物』だった。
「とある島国の習慣でね、豆を撒いて鬼を追い払うの!」
パトリシアは本で読んだ『豆撒き』の事を4人に説明して、鬼役を任せた。
教会に行って作戦を説明、神父さんはダメ元って表情だったけど、聖歌隊の寮に案内してくれた。女人禁制なので、パトリシアはウォーレンと宿に帰っていた。
人族に変身している四天王が、元の姿に似せた被り物で鬼を演じる。『ウォー』っと弱々しく唸って、子供達を威嚇した。怯える子供達の先頭に立った神父さんが、
「鬼は外!」
の掛け声で豆を撒いた。痛そうにしているニセ鬼を見た子供達も、
「「「鬼は外!」」」
と続いた。
4人は派手なリアクションで逃げ回り、視界に入らなくなるまで、苦しそうに千鳥足。
宿に戻ったショーンは、
「結構楽しかったぜ!」
赤い毛糸のカツラに引っ掛かった落花生を剥いてポリポリしながら笑っていた。他の3人も楽しそうにしていたので、豆撒きの打ち上げと称してグラスを傾けた。
翌日、大聖堂から素晴らしいボーイソプラノが響き、鬼の夢を克服出来た事が解った。大聖堂を覗くとステージは見合った人数の聖歌隊が並び、神の歌を披露していた。神父がパトリシア達に気付いて、
「ホンモノの鬼は無理でしょうげど、心の中の鬼は退治出来たみたいです。今日は『春を呼ぶ会』なので、皆が復調出来て本当に助かりました。来年からは春を呼ぶ会の前夜祭で豆撒きをしようと思ってるんですよ!」
「では、昨日の被り物、差し上げます!良かったら使って下さい!」
パトリシアは神父に被り物を渡し、次の街を目指した。