想い草と地竜の巣
「おはよ、パット。無事、眠れた?」
朝食の支度をしながらホッとした表情のジョナサンが笑い掛けた。
「あっ、うん、おはよ。気分爽快よ!」
「まぁ、そういう事でええか!」
ケヴィンはパトリシアの眉間の皺を人差し指で延ばしながら、
「言いたない事は言わんでええけどな、何時でも相談乗るし!」
パトリシアも手伝っていると、川に仕掛けていたワナを回収に行っていたショーンとジョージが戻った。残念ながらオケラのようで、
「川魚はな、ドロ臭くて、あんまり美味しくないんだよな!」
とか話しを逸らして、ご飯と具の無いお味噌汁だけの朝ご飯を食べて旅を続けた。
「この国に来てから、狩りも漁もずっと駄目ね、何か有るのかしら?」
「たぶん昼には人里に辿り着ける筈だから聞いて見ような。」
ショーンは地図を眺めて、陽の高さを確かめた。
予測通り、昼には集落に着いた。民家が十数軒、良く言えば何でも売っていると言うか、何も売っていない商店が1軒。覗いて見ると、棚はスカスカ。店番のお婆さんは、
「山の神の祟りだよ、旅の御方、直ぐに先に進むのが良いぞ。」
詳しく話しを聞くと、『想い草』と言う葉を隣国の魔族が採りに来るようになってから、狩りも漁もからっきしとの事。
「何?想い草って?」
枕元に置いて眠ると好きな人の夢が観られるお呪いに使う葉っぱだが、実は極弱い幻覚作用があり、精製して麻薬を作る事が出来る。態々国境を越えて採取に来るって事は麻薬目的に違いない。
「このままヒモジイのは勘弁だな、想い草の山、調べて見ようぜ!」
ジョージは既に、集落の地図とにらめっこしていた。
具の無いおにぎりを囓って山に登った。山のいたる所が踏み荒らされ、ゴミは散乱し、刈り取った想い草の群生地も踏みつけられ、次の収穫が怪しい状態だった。
藪を漕いで行くと、ワイワイガヤガヤ酒盛りの騒音がした。集落の娘に酌をさせ、身体を触ったりしながら弄んでいた。
「酒も飲んじまったから、お前、遊んでやるぜ。」
(今居る中では)ボスらしいヤツが、娘を押し倒そうとした瞬間、そいつのアゴが砕けた。ジョナサンは拳に付いた血とヨダレを迷惑そうに拭っていた。場が静まると、僅かに唸り声が聞こえた。
「なんか、ヤバイヤツじゃない?」
唸り声を辿って山を登ると、音源は洞窟の奥のようだった。
「地竜の巣やな、機嫌ワルそやな!放っときゃ無害なんやけど、唸ると獣も魚も逃げ出すんよね。」
「立入禁止にすりゃいいんだけど、こんな山中に柵回せねえしなぁ。1人位竜に喰われたら、自然と誰も入らなくなるんだけどな。」
取り敢えず、喋れる位にヒールしておいたボスを洞窟に放り込むと、バタバタと猛ダッシュで戻って来る、3回目にはボロボロで洞窟の前で力尽きた。
「この位でいいかな?」
子分達にゴミ拾いをさせて、娘を連れて集落に戻った。
「直ぐって訳にはいかないけど、そのうち獲物も帰ってくるよ。」
結局、ご馳走にはありつけないまま、次の街を目指した。
夜まで馬車に揺られ、やっと着いた街には宿もレストランも有って、ウォーレンは宿でお留守番で久々にテーブルで食事が出来た。店を出ると、地竜の巣でボロボロになっていた魔族の男が、彼よりはだいぶ強そうな魔族が10人程でお見送り?いや、違うようだ。
「弟分が随分世話になったそうだな。」
1番威張っていそうなヤツが凄んだ。
「せやで、色々と世話したんやから、お会計の時に来てくれんと困るで!」
「威勢がいいな、田舎だからってバカにしてんだろ?俺達はなぁ、アルタイルファミリーの直系なんだぜ。」
「んプッ!、んで自分らのボスって誰や?」
吹き出しながらケヴィンが尋ねると、
「聞いて驚くな、俺達のボスはな、四天王のケヴィン様だ!」
「そりゃ、驚くなっちゅうのはムリや!んで、そのケヴィン様に会ったことあるん?」
「あ、当たり前だ!ペラペラうるせぇな!」
「ごめんねうるさくて。でも、俺、会った記憶あらへんなぁ。」
ケヴィンは変身を解いて、魔族の姿を現した。自称、ケヴィン様の子分達は血の気を失い、半分は失神、半分は失禁していた。地元のボスを呼び付け、想い草の乱獲と、地竜の眠りを妨げている事を伝え、山の保全を託した。
宿に帰ると、シングルの部屋には犬のウォーレンが待っている。パトリシアがシャワーを浴びて出てくると、やはり背中を向けていて、
「浴衣着たから、こっち向いていいよ!」
振り返ったウォーレンを抱き上げ、一緒にベッドに入った。
「昨日は夢だったのかしら?」
返事は、ペロリと鼻を舐めるだけだった。パトリシアは一緒に寝たがらないウォーレンを抱いたまま、寝たふりをした。仔犬が変身するのか気になって、明け方まで意識を保っていたが、気が付くと仔犬はソファーで眠っていた。
寝不足は、顔色でバレてしまったが、パトリシアの様子を察し誰も詮索はしなかったが、
「犬が暴れるんとちゃうか?今夜、預かろか?」
ケヴィンは寝不足の理由を見透かしているのかもしれないと思うと、パトリシアは真っ赤になった。隠していると、余計恥ずかしい気になったので、満月の夜の事、昨夜の事を正直に打ち明けた。
「きっと、満月までは、ワンちゃんのままだから、安心して眠るといいよ!」
推測の域は出ないが、基本的に楽観的な四天王達の考えでは、旅の間に人族になったのは満月の夜だけなのと、満月の夜の人族の反応を考えるとまあ妥当なセンだろう。
満月の夜、魔族の女の近くに居る人族の男は、性欲だけに支配され、意識も記憶もないまま、女に走ってしまう。その反応が一時的にデニスの魔法を打ち消したと考えられる。
「君の従弟達もそうやってできたんだよな?」
ジョナサンはウォーレンを撫でながら話しを続けた。
ウォーレンの従弟達とは王子達の事で、子宝に恵まれなかった王が、満月のチカラ放つ魔族女性を寝室に招き、妃と事を成すつもりが、勢い余って一緒にいたメイド達3人が身籠ってしまった。世継を産む可能性を考え、全員を側室に取り立て、競うように生まれたのが、腹違いの三つ子の王子。王子を神輿に担いで、勢力拡大を目論む貴族達が、1秒でも早く生まれ、より高い王位継承権を得るよう、早産するよう工夫を凝らしていたが、母胎の安全の為、誕生日での順位は付けない事として安全に産まれて来たのは国中に知れ渡っていた。
まあ、ウォーレンの変身については、そのうちでいいとしで、保存食を買い足して馬車を進めた。一行の素性は広まらないよう言い含めておいたので、これまで同様の地味な旅が続けられそうだ。