[短編]男の『こ』狐の化かし『あい』
「ねぇ、そろそろ。打ち明けても良いかしら?」
「何をだい?」
「実は私は人間じゃない。真人間じゃない。そして立派な人でもない」
「……霞、そうか、そんなの知っているし今更だな。タバコと火とってくれ」
「はい……」
「………」
「驚きました?」
「そうだな。驚いた……まんまと化かされた」
「………」
「………ふぅ……霞。いつから化けてたんだい?」
「……」
*
暇である。暇であり、暇である。僕は、僕たち狐は暇であった。暇であるが故に僕らは飽きないように悪戯をする。
そう、偽装して人里へと紛れ込み。そこで偽装する。
人里はいつも……いつの世も、籍を持っている人も等しく行方不明がある。困る事はない。
だから、僕は悪戯で人を化かすことの面白さを気付いていた。時に信号機、時に標識、時に猫。そして……人。
バレない事が史上であり。バレない事で僕は自信がついた。そして……一つ。人の中でも飛びきり難しい物を僕は選んだ。
化け狐の中で自慢出来るのは難易度の高い物ほどである。失敗すれば記憶処理。成功すれば化け狐の中のエリートである。
向上心と自慢がしたい事から僕は里を飛び出して化ける。中には一生帰ってこない狐もいる。
僕はそんな一人にはならないと胸を張って人里へ降りて来た。
そして……僕は一人の少女となる。髪は染めている女性。名前を霞と言う。
行方不明者。まぁ、僕は彼女の遺体を見つけて思いついたのだ。彼女に対話し、彼女の遺体、魂を喰らうことで。彼女を知った。
まぁ、如何にも苛められてますと言う人生だったが僕は気にしない。このまま地縛霊になっても困る。
そう、気にしない。気にしない。
「ただいま……」
泥だらけの制服姿で僕は帰って来たことを装う。もちろん……彼女の母親だろう人は驚き、抱きしめ、そして泣く。もちろん僕も泣く。じゃないとおかしいからだ。
「……霞」
「お母さんごめんなさい……その……死のうと思ったけど………怖くなって帰って来た……」
「よかった……よかった……」
さぁ、大変だ。こっから警察の事情聴取に学校連絡。僕が彼女でない事をバレずにすむか。ドキドキする。やり遂げてみせる。
そう、僕は狐の中でも才能溢れる僕だから。
*
演技は完璧だった。無難な受け答え。そして……苛めを苦に悩んだ事を打ち明けた。そして……僕は一人。学校へ登校を果たす。学校では一躍有名人。
彼女が実はなど。さぁ、うるさい人々の目に晒される。
霞として。霞は良い名前だ。運命と言ってもいい。
見えるが、皆は見えていない。
僕が偽物だと言う事を。
「……死に損ない」
「……」
だからこそ教室に入った瞬間。苛めの首謀者に小言を囁かれる。霞本人ならびくびくするべきだろう。数人が私をずっと睨む。それはそうだ。いじめていた事が周知されて話題になっている。
先生も躍起になって『悪者』を探そうとする。もちろん聞かれたが首を振った。なぜなら、僕は別に気にすることはなかった。
霞が変わった。そう思わせればいい。例えば……弱い私が嫌で変わろうとすればいい。
「地獄から帰ってきた。昔の私と思わないで。私には何もない……あなたには家族がいるでしょう?」
そう、囁き返す。首謀者の子は驚き、顔が歪む。
さぁ、演じれている。演じれていた。睨み合う私たち、そしてそんな空気に割って入る影があった。
「ちょっと、喧嘩はやめなよ。神田さん帰って来たんだ。いいじゃんか」
その影は一人の青年。そう、霞が片思いし。そして目の前女の子が片思いする男性。
彼は知らない。原因であることを。
「ほう。ありがとう、佐藤くん……」
僕は御礼をいい、そして一言残す。
「私は昔の私じゃない。もう弱い私はやめた。二度言うわ。覚悟しろ、田中さん。女を捨てる」
「……」
僕は釘を刺す。さぁ、変わった所を見せた。噂で変わった子として認知されれば嘘がつきやすい。僕は上々な成果に満足する。
*
放課後、僕は声をかけられる。
「一緒に帰らないか? 神田さん」
「僕と帰るって?」
「……ああ」
クラスの人気もの神田君が直々に声をかけてくれる。まぁ、霞の友達だった子達は君のせいで居ないのだけどね。本当霞は弱い子で可哀想な子だった。だから、苛められた。
「罪悪感で付きまとわれるのは僕は嫌だけど?」
「……」
表情を見ると本当に苦しそうにする。
「わかった。一緒の帰ろう。僕が変わった所、見せてあげる」
彼を利用しよう。彼を隠れ蓑にしよう。僕はそう考え……彼と一緒に帰ることになった。憎々しいと言う視線を感じながら下校すると、彼は謝る。
「ごめん……」
「……」
さぁ、霞の記憶を辿ろう。全く該当なし。
「どうして謝るの?」
「……知ってたんだ。俺のせいで苛められていることを……それを見て見ぬ振りをして。我慢してる神田さんを見棄てた……」
「怖かったからでしょ? 知ってる。怖いから静観する。だから見つからない」
「……」
「いいよ、許してあげる。だけど、田中はきっと許さない。これも、あれも、全部。片思いだからね」
「……君は違うのか?」
「違うよ……僕は勘違いされて苛められて心が壊れた。壊れたけど復活した。凄いでしょ」
「……」
佐藤の顔は面白いぐらいにわからない顔をする。まぁ、学生だしね。
「田中と仲良くした方がいいよ。だって、そうしないと村八分」
「じゃぁ神田さんはどうするんだよ」
「僕は変わった。嫌いなら全力で胸を張って生きてやれば悔しいでしょう」
「……数日で何があった?」
「死ぬのが怖い。それを知ったら大丈夫だった」
嘘である。それを知る前に彼女は知りながら首を吊った。自分を呪い、自分の浅はかさを呪いながら。軽率な同意が歪みを生んだ。
「……ゆっくり首がしまって苦しいてもがいて。でもやっぱり死ねなくてね?」
僕は笑みを張り付ける。霞はこうやって笑う。
「…………」
「どうしたのビビった?」
「バカ言え!! 本当に死のうとしたのか?」
「もう、過ぎた事」
「あの、今更なんだけど。俺と友達にならない?」
「……はい?」
予想外な返答。僕は腕を組み考える。
「一緒に村八分になる?」
「神田だけ仲間外れはよくない。俺も仲間外れになる」
「ほうほう。僕一人でも苦ではないが? いいよ、友達になろう」
隠れ蓑には願ったりだ。
「おけ、佐藤呼びでいいぞ」
「じゃぁ、神田呼びでいいよ」
そう、彼と出会ったのはこれが初めてなのだ。
*
「……ねぇ……あの時の事覚えてる?」
「ああ、覚えてる。強烈な変わりようでね。髪も染めて……いや、地毛か。それを知るのも後々だった」
「ええ、先生に黒く塗られる日々でした。実は染めてたんですと言う嘘も通りました」
「毛根から生えてるもんな。まぁ目立つ」
「規律厳しい学校だったけど……ひどい所でしたね」
「俺は……楽しかった。高校からの馴染みがこうして隣に座ってるんだからな。おまえは?」
「…………」
「昔から素直じゃないなぁ」
「…………」
*
隠れ蓑は有能だった。僕は僕で彼に纏わりつき、彼だけを友達とすることで暴かれるリスクが減った。
一番バレやすい時期は過ぎ、村八分のクラスで僕と彼は二人でクラスで浮いた存在となる。ただ、苛めは続いたが。最初より、大分穏やかに事が進む。
トイレで水を被された時はケロッとそのまま席につき、先生が驚き。緊急保護者会。その後、3人に囲まれ罵声と脅し、脅迫。だが、逆に脅し返し。喧嘩上等を言い渡すとケロッっと逃げ出した。
最後は男の金髪に強姦されそうになったが……まぁ術を使い。そして佐藤の乱入で事なきを得た。男に襲われる。これはさすがに気持ち悪くなった。僕は男故にそういうのは嫌悪感を抱く。まだ、幼く発情期は来ていない。
気づいた時には霞と言う女が僕に変わり切った後。苛めの代償を払わせれた結果になった。そう、佐藤の独り占め状態が続いた。佐藤も佐藤でこまめな男だった。
そんな日々が続き、2年の夏。あの田中は告白さえさせて貰えず。いつしか、私への恨みだけ募らせる日々に長い休暇が訪れた。霞の母上へお願い術による化かしで少し里へ帰ろうかと考えていた。そんな中で佐藤が僕に声をかける。
「神田……夏休み何処へ行く?」
「……なに?」
里帰りとは言いづらい。色々ある。
「予定ないなら、目一杯予定を入れよう」
「……」
文句を言うべきか、術で……ごまかすか。洗脳するか。
「なんだ? 神田」
「……」
友達を洗脳、術で化かしてもいいのだろうか?
「……佐藤」
「どうしたんだ? いつもの元気さがない」
「いや……なんでもない。いや、佐藤は……騙されるのは嫌いか?」
僕は変な事を聞いたし、自分から騙していると言うような空気を出してしまう。軽率すぎた。言葉を溢してしまった。
「騙されるのによるかな? かわいい嘘と優しい嘘はある」
「そうだな。映画面白そうだ」
「映画を見に行こう。二人で」
「いいな、それ」
ごまかせた。そんな気がするのと。罪悪感が僕を埋める。ゆっくりと……誤魔化しが辛くなっていく。
*
「昔から……素直じゃなかった理由があったんです」
「人外だと言うことか?」
「ええ、長い長い間。騙して過ごしました。一人の時は悩み。あなたといる時は忘れてね」
「俺が聞きたいのは幸せだったか、楽しかったかを聞きたいんだがな」
「……それはですね。察してください」
「恥ずかしいか?」
「恥ずかしいわけじゃないです。ただ、嬉しかったです。色々」
「……何が嬉しかった?」
「夏休み中、ずっと」
*
夏休みが終わってしまう。楽しい日々が水のように流れ落ち。里へ帰らせてはくれなかった。
霞として……僕は完全に溶け込み。世界を私を認めているようだった。
ただ、親友は騙している。
「夏休み終わるな……」
「終わるな……僕的には面白い夏休みだった」
「俺も……」
「……」
「……」
変わった空気、雰囲気、沈黙。そして……
「神田、俺はこのあやふやな関係をやめたい」
「!?」
僕はドキっとする。バレたかと、尻尾出してはいないとお尻を触る。
「佐藤どうした?」
「女の子は具体的に言わないといけないらしい。かわいいだけでなく。具体的に」
「何の話だ?」
冷や汗が止まらない。スカートの中を見せないように僕は隠しながら部屋のすみに移動する。なお、逃げ道が無くなった事を佐藤が寄ったため察した。
「神田、俺は神田の男っぽいガサツなようで、女の子のような繊細な気配りが出来る所が好きだ」
「お、おう」
「地毛の髪色はよく似合ってる。長い睫毛も、大きな瞳も。いや外見はダメだ。えっと……内面は……なんでそんなに怯えてる?」
「……えっと、怒られるかと」
バレるのが怖い。罪悪感が表へ出るのが怖い。
「その、付き合いませんか?」
「……」
「……」
「?」
「わかってないのか? 付き合おう神田」
僕は緊張の糸が切れる。バレた訳ではないようだ。
「なぁんだそんな事だったか」
「そんな事!! 俺は一生懸命勇気を出して……」
「……ふーん」
別に僕はそんな……気持ちはない。男同士だ。そう、思っていたが。
「……はぁ……はぁ……」
「神田?」
「体が熱い」
そう、僕は服を脱ぎ出した。意思にそぐわず。そして……
*
「……ごめんなさい」
「何を思い出したんだ。霞」
「……若い私の粗相を」
「発情期に入ったから仕方ないだろ。それに……なんとかなったし。俺も若く流された」
「本当にごめんなさい。苦労をかけました」
「……いや。俺も楽しんだ。お相子だよ。それにそこから恋人となれた。悪くはなかったよ」
「そうですね……」
*
夏休みが終わり、私は発情し襲った事を悔やむが。佐藤は優しく許してくれた。私の体の異変に私自身が驚くが。バレてはいない。
ただ多くの事が変わった。手を繋ぐ事が多くなった。触れあう機会が多くなった。頭を撫でられる事も多くなった。朝一緒に起きる事も多くなった。唇を触れる事に違和感を感じなくなった。そして……私を霞呼びになった。佐藤呼びはせず。とおる。透の呼びになった。
悔しがっていた。恨んでいた田中はいつしか見向きもしなくった以上に目につかなくなった。透ばかりが視界を遮る。
そうして寒い冬が来て、春が来てと私の時間は過ぎ去る。
いつからか自分が狐なのか霞なのか人間なのかあやふやな状態へと陥り。そして……気付けば卒業後同棲するまでになった。
何度目の雪が振る中で私は騙し続ける中で、ふと。思い出したかのように狐だった日々を思い出す。里で自慢する野心は消え失せ……そして……私はしでかす。
「霞……その耳は……」
「は、い?」
「いや……尻尾……」
そう、私が化ける事が唐突にできなくなったのだ。調子が悪く、めまいも強い。吐き気さえする時期に私はボロを出す。ただ、足に力が入らず逃げる事も出来なかった。
「……」
「霞」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
謝り続ける私を優しく、透が抱く。そして……静かに私は騙して来たことを正直に話した。
長い時が終わる訳ではなく。長い時の結果、大人しく話し合える関係になっていたお陰か彼は黙認し騙されたままで居てくれた。そして……私にそんな悩みなど吹き飛ぶ大変な時期が来てしまうのだった。
*
「最初、ボロを出した時……驚いたな」
「私は絶望しました。特に、状態が悪く……重たかったから。すがるようにあなたにお願いしたのを覚えてます」
「そうだろうなぁ。ただ、泣く姿からは察する事が出来たよ。いい大人が号泣するんだから」
「……」
「まぁ、俺はその後。泣かされ返されたがな。発情期、異常な性欲があるのも色々な事が納得出来たよ。嗅覚鋭いとかな。ただそんな狐、人間とか関係のない時期が訪れたからな気にしなくなっただろ?」
「……はい、あの日々は大変でしたね」
「大変だった。3つ子だもんな」
「人の姿で3つ子ですからね……ふふ」
「本当に大変だった」
「大変でしたね……」
「………元気かな?」
「帰って来ますよ」
「そうか。わかった。おっと、もうタバコがない……」
「一箱だけです」
「カートンじゃぁだめか?」
「……毎日吸ってるでしょ」
「ああ。毎日な……」
「ねぇ、本当に気付いてないね。あなた」
「なんだよ? 今更驚くことがあるか?」
「私が昔、僕と言ってたのは私が子狐の頃『雄』だったからですよ。知らなかったでしょ」
「これは、驚いた。狐に化かされたままだったか」
「ふふふ、ええ。ええ。化かしきりました……」
「ただいまぁ!! かあさん!! 軒先で何を?」
「「ただいまぁ!!」」
「少しね……おかえり、早かったわね」
「ああ、仕事が予定より早く終わったんだ。母さん、また吸わないタバコをこんなに灰皿入れて……」
「ええ。今日は少し。多くていいんです」
「おばあちゃん。おじいちゃんに挨拶してくるね」
「はい」
「こら、手を洗いな」
「ふふ……ねぇ、タケル。私が狐だって知ってる?」
「知ってる。父さんが教えてくれた」
「でも、お父さんも知らなかった事。あるのよ……」
「母さんが元々『雄』だってことだろ?」
「えっ!?」
「お父さんの遺書に書かれてたよ。母さんお父さんを化かせてないよ。全部書かれてた。だから、母さんの化かすのバレないように気をつけてだって」
「……ふふふ、ありがとう教えてくれて。狐として化かしきれませんでしたか。敵いませんね……あなた」
私はタバコの灰が入った灰皿を持ち上げて立ち上がる。線香の匂いがする部屋に私は小さく笑みを溢したのだった。