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第93話 夏が始まる

 終業式とホームルームが終わり、あとは下校するだけとなった――もう昼になろうという時間である。

 午後の部活のため、多くの生徒は校舎にまだ残っている。

 そんななか詞幸(ふみゆき)が足を運んだのは体育館裏だった。綿雲が散らばる青い空から隠れるように、ひっそりとした影が横たわっている。

 詞幸が歩を進めると、木の陰から小柄な少女が姿を現した。

「おう、よく来たな」

愛音(あいね)さん…………。こんなところに呼び出してまでする話ってなに……?」

 当惑した顔で問う。しかし、言葉とは裏腹に彼の頭の中には1つの答えがあった。

(これ絶対告白されるシチュエーションだよ! 放課後の体育館裏とか王道パターンまっしぐらだもん!)

 期待に胸が高鳴る。

「人のいるところでできる話じゃないからな……」

 愛音は伏し目がちに切り出した。

「実はな、ふーみん。アタシはお前に告白しなきゃならないことがあるんだ」

(キタ――――――――――――――(゜∀゜)――――――――――――――ッ!!)

「アタシは――」

 ゴクリッ。

「アタシは知ってるんだ。お前がキョミに告ってフラれたことを!」

(………………………………………………………………え? なんでいまその話……?)

 肩透かしをくらった形の詞幸は硬直してしまった。

(ああっ、そうかっ。告白の前フリか! 『まだキョミにフラれた傷が癒えてないんだろう?ならアタシがお前の心を癒してやる。好きだ、付き合ってくれ!』みたいな!)

 そこまで瞬時にシミュレートし、驚きつつも落ち込んだ演技をすることに決める。

「あっ……そう、知ってたんだ……。あれは結構へこんだなあ…………」

 嘘の失恋を愛音に目撃させたのはついこの間のことのはずだが、そのあとからこれまでに色々あったせいでもっと前のことのように感じられてしまう。

「正直アタシは、お前のことを敵だと思ってた。キョミのことを狙う恋のライバルだって。でも、いまはもうそうじゃない。この誕生日プレゼントだって大事に使ってるし、アタシの気持ちも変わって――」

 愛音は顔を上げた。二人の視線が結ばれる。

「ふーみんも変わって、ミミのことが好きになったんだよな?」

「…………………………………………………………………………………………はいいッ!?」

「だってお前、ミミに壁ドンしてただろ? 昨日、お前らが隣の部屋に行ったままなかなか戻ってこないから様子を見に行ったんだよ。そしたら、」

 全身の毛穴がブワッと開いた気がした。

「『俺の女になれよ』って言ってた!」

 噴き出した汗が凍り、背筋を滑り落ちたみたいだった。

「いやー、お前にあんな男らしい一面があったなんて思わなかったからビックリしたけどな! でも付き合うまではいかなかったんだろ? まー、ミミもまんざらじゃなかったみたいだし、まだまだチャンスはあるって!」

「ちょっ、ちょまっ」

 どもりながらも、詞幸は口からまろび出る声をなんとか言葉にした。

「待って、違うよ! あれはそういう意味で言ったんじゃないんだ! 俺が……俺が好きなのは上ノ宮(かみのみや)さんじゃなくて――」

「じゃなくて?」

「っ――――――――」

 しかし、そこから先が喉につっかえて出てこない。

 その間からなにを感じ取ったのか、愛音は手を叩いて頷いた。

「なるほど、ミミのことは気になるけどキョミのこともまだ好きだってことだな?」

「なんでそうなるの!? 本当にそういうのじゃないんだって!」

「わかったわかった。お前の言いたいことはわかったからそんなに大きな声出すなよ。お前はキョミのことも好きじゃないしミミのことも好きじゃない。そうだろ?」

 眺めるような落ち着いた口調。だが彼女の口元はニヤニヤと笑っていた。

「どうやらアタシの勘違いだったみたいだな。変なこと言って悪かったな、ふーみん。さて、さっさと家に帰るかー」

 愛音はくるりと踵を返した。そのまま、小さな背中がさらに小さくなっていく。

 詞幸はその姿を呆然と立ち尽くして見送った。

「本当にわかってるのかなあ…………」

 狭い空を見上げると、突き抜けるような青がそこにはあった。


 夏――それは太陽よりも熱く恋が燃える季節。

 きらめき、ゆらめき、たゆたう感情を胸に、彼と彼女たちの夏が始まる。

    

                       

                              ――1学期編 完

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