第8話 打たれ強さ○
いまの自分に効果音をつけるとしたら『ズーン……』だろうな。
そう自嘲気味に自覚してしまうほどに詞幸の心は重く沈んでいた。
勘違いで好きな相手から恋敵(?)認定されるというのは、冷静になれば馬鹿馬鹿しいことこの上ない。
単純な解決方法はある。愛音に告白してしまえば、すぐさま誤解は解けるのだ。しかし、それはあまりにもリスキーで難易度が高い。
ならば、ちゃんと落ち着いて説明するしか方法はないのだが、頭ではわかっていても、愛音から敵意を向けられたという事実に詞幸は少なからず傷つき、実行に自信が持てない。
(俺、このまま嫌われたらどうしよう…………)
波のように押し寄せてくる不安に苛まれ、どうやって説明するか、その考えがまとまらないままに登校し、愛音が来るのを待っている。
(二人きりで話ができればいいけど……いや、ここは早速お言葉に甘えて帯刀さんに一緒に説明してもらうか……? ああ、でも本人の前で「別に帯刀さんのことは好きじゃないよ」って言うのも失礼な気が――)
ドン!
とりとめのない思考を停止させたのは、背後から聞こえた、バックを乱暴に机に置く音だった。
(き、来た……!)
振り向く前に、深呼吸。意を決して、まずは明るく挨拶をすることにした。
「おハローっ! 愛音さん、今日もいい天気だね――ってそういや雨降ってたっけ。あはは、てへぺろ(・ω<) 」
「ぎゃおおおおぉぉぉぉぉ!」
「ひゃいっ、すいましぇん調子乗りました!」
朝の挨拶に対して愛音が返したのは恐竜の真似をしたような咆哮だった。
(な、なにいまの……? 威嚇?)
気迫が凄かったので条件反射的に謝ってしまったものの、よくよく考えれば拒絶の反応だと一概には言えない。
(恐竜風挨拶がマイブームかもしれないもんな)
気を取り直してもう一度言ってみることにした。
「おハ――」
「しゃぁぁぁぁぁお!」
爪ひっかき寸前の猫のような、完全なる威嚇行動だった。
「ふん!」
気圧された詞幸は二の句が継げず、愛音が髪を揺らして教室を出ていくのをただただ見送るしかなかった。
「…………ぁ、ぅ…………」
だが、詞幸は引き下がらなかった。
とにかく話をしようと、1時間目の休み時間も、
「愛音さん」
「がおぉぉぉぉ!」
2時間目の休み時間も、
「愛音さ――」
「みゃ~ごぉ!」
3時間目の休み時間も、
「愛音――」
「がるる~!」
声をかけるものの、威嚇を返されてしまう。
「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~……………………………………」
やり場のない気持ちを吐き出す。
「ねえ、なにかあったの?」
事情を知らぬ季詠は、その様子にただならぬものを感じ、愛音がいない隙をついて詞幸に尋ねた。
「なんだか愛音が怒ってるみたいだけど……」
冷たい態度を取られ、さぞや落ち込んでいるだろうと心配する季詠。そんな彼女に向けられたのは、
「えへへへ~」
だらしなく蕩けきった顔だった。
「やっぱり愛音さんは可愛いな~!」
詞幸は熱っぽく語る。
「いまの見てた? 『がるる~』だよ? 『がるる~』! 可愛すぎるよぉ~! あれで俺が怖がると思ってるんだよっ? あんな可愛い姿見せられたら逆にキュンキュンしちゃうよね! ああ~もう、むしろ襲われたいね! 首筋に噛みついてほしいよッ!」
「………………月見里くんって、結構メンタル強いよね……」
心配して損したと思う季詠だった。