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第86話 期末テスト悲喜こもごも 前編

「みんなテスト結果はどうだった? まさか赤点取った人はいないわよね?」

 御言(みこと)の左側に座る紗百合(さゆり)の言葉に、話術部の面々は揃って首肯した。

 テストが終わって1週間。それぞれの結果が出揃ったのだ。

「うんうん、よろしい。これであたしの面子(めんつ)は保たれるわね」

 生徒の成績よりも自分の体面を心配するという行為を恥じることもなく、紗百合は明るい調子で続ける。

「しかも! 我が部からは《成績上位者》が二人も出てるわ!」

 第1学年の生徒数は320人。そのうち、選択式の科目を除き、全員が履修する必修科目の合計点数上位30名は《成績上位者》として廊下に掲示されるのである。

「まず帯刀(たてわき)さん、学年22位、おめでとう!」

「あ、ありがとうございます……ちょっと恥ずかしいですけど……」

 全員から大きな拍手を送られ、季詠(きよみ)は恐縮した様子だ。

「そして御言ちゃん! なんと、堂々の学年1位! 凄いわっ、おめでとうッ!」

 同じく大喝采が贈られた御言だったが、彼女は恥ずかしがることもなく、「うふふっ、余裕のよっちゃんです」とダブルピースをチョキチョキと動かしていた。

「《成績上位者》になれなかったみんなも、夏休みの間に苦手を克服して2学期に備えてね」

 最後は取り繕ったように教師らしい締め方をした紗百合である。

 詩乃(しの)は巻き髪をクルクルと弄びながらこれに応じた。

「まぁそりゃ勉強はするけどさぁ~……必修科目なんていっても受験で使わない保健みたいなのもあるわけだし? だからウチも全科目勉強してたワケじゃないし? それだけでウチらが勉強してないみたいに言われんのはなんか癪だよね~」

 ただの負け惜しみだった。

「うっ、そう言われると困るけど……でも御言ちゃんと帯刀さんが頑張ったのは事実だし……」

「ゆーて1年の1学期なんてそんな難しいことやんないし、意外とみんな似たような点数なんじゃない?」

 そう言って詩乃は流し目を左――詞幸のいる方向に向けた。それはどこか嗜虐的で、弱い者を見る瞳をしている。

「例えば詞幸(ふみゆき)は? テストどんなカンジだった?」

「ううーん、まぁまぁだね。可もなく不可もなくってところかな」

 曖昧に笑ってはぐらかす。

「へぇ~、ちなみに国・数・英・理・社で何点だった? 教えてよ」

「ははっ、そんなこと教えるわけないじゃない。逆に聞くけど、縫谷(ぬいや)さんはどうだったの?」

「アンタが教えてくれたら教えたげる」

「…………………………」

「…………………………」

 ――腹の探り合い。

 学校という狭い社会において、定期テストはヒエラルキーを決定づけるうえで重要なファクターとなる。よって、各々の対応にも自ずとそれを意識したニュアンスが含まれるものだ。

 例えばいい点を取ったら、「見て見てー、こんないい点取れた!」と大っぴらに喜ぶか、「っかー、90点しか取れなかったわー! あんなに勉強したのにたった90点しか取れなかったわー!」と自虐風に見せびらかすかの違いはあれど、人に自慢したくなるのが心情というもの。

 しかし詞幸と詩乃は先ほどの会話でそれぞれにそういったニュアンスがないことを確認した。そしてそれは、二人の考察を補強するものとなった。

 その考察とはずばり、相手が自分と同じくヒエラルキーの下位グループ――馬鹿の側にいるということだ。

 中間テストを経ているのだ、自分の学力は悲しいほどよく知っている。

 そして、詞幸が話術部に入ってから約1か月。彼は話術部員たちの性格や普段の言動から、自分と学力階級が同程度の者を感じ取っていた。そしてそれは、詩乃も同じだったのである。

 つまり、二人はいまテスト結果を探り合い、部活内ヒエラルキーの最下位を決しようとしているのだ!

(俺にだってプライドはある! 最下位だけは……最下位だけは嫌だ!)

(アホ面の詞幸に負けるのはイヤ! こんなのにバカにされるのなんて耐えられない!)

 だが見つめ合っているだけでは埒が明かない。だから、詞幸は意を決してこんな提案をした。

「縫谷さん、いっせーのせ、で成績票見せ合わない?」

 成績票とは、個人に配られる、テストの点数及び学年順位が記された紙片のことである。

「いいよ、その勝負受けて立とーじゃん」

 そうして二人は鞄から自分の成績票を取り出した。気づけば周りを愛音(あいね)たちに囲まれていた。テスト結果を全員に知られることになるが、もう引き下がれない。「いくよ」と声をかける。

「「いっせーのーせ!」」

 机の上に紙片が叩きつけられ、全員の視線が集まる。詞幸183位、詩乃217位。

「やったあーっ!」「うわぁ負けたぁ!」「はあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 喜ぶ詞幸、嘆く詩乃。しかし1番大きな声を上げたのは、織歌だった。

 青ざめた顔でふらふらと後退し、力なく自席に腰を落とすと、頭を抱えて弱々しく呟く。

「いや、ちょっと驚いただけだ……。わたしのことなんて気にするな……わたしなんて……」

「その反応……アンタまさかウチより下ぁ? え? いままで真面目系堅物キャラぶってたクセにぃ? 偉そうな口利いてたクセにぃっ? きゃっは、マジウケるんだけど!」

「……勉強そっちのけで彼氏とイチャついてたんだろう。恋は人を堕落させるってことだな」

「くぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……………………っ」

 歯噛みする織歌だが、現実は覆らない。ここに、話術部一のお馬鹿が決定したのだった。

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