第85話 愛音さんの誕生日
「「「「「「誕生日おめでとー!!」」」」」」
パン! パン! とクラッカーの音が響き渡り、愛音は肩を縮めた。
「ひゃーっ! わははっ、みんなありがとなー!」
髪に付いたカラフルな紙の帯を取りながら愛音がころころと笑う。
今日の部活は愛音の誕生日会である。机にはお菓子とジュースが並び、ささやかながら、16歳になった少女を祝おうというわけだ。
「では早速プレゼントの贈呈と参りましょうか」
胸の前で手を合わせ、御言が首を傾げた。主役である愛音がなにを貰えるのかとそわそわしているが、御言もどこか落ち着きがない様子で小さな箱を取り出す。
「こういう風にお友達にプレゼントするのは初めてなので、愛音ちゃんが気に入ってくれるか不安ですけれど……オシャンティーなアロマランプです」
「安心しろ、オシャンティーなアタシにピッタリだからな、ありがたく使わせてもらうぞ!」
詩乃はニヤニヤ笑いながらプレゼントを渡した。
「プチプラコスメだけど口紅あげる。ガキっぽいアンタでも使いやすいように薄めの色選んどいたから、ちっとは大人っぽくなりなよ?」
「は? 来年にはボンキュッボンになってるからな? 逆にお前をガキ扱いしてやる!」
次は織歌の番だ。彼女は大きな袋を抱えている。
「わたしのは特大うまい棒だ。中に普通のうまい棒が40本入っている」
「うおっ、こんなのあるのか! わはははっ、夏休み中毎日食べられるな!」
季詠はボディークリームを贈った。
「油断しがちだけど、夏でも保湿は大事だから。べたつかないし香りがよくて私も使ってるの」
「つまり、これを使えばキョミと肌の相性が良くなるってことだな、にひひひ。いや軽い冗談だって! 真に受けるなよー!」
そして、話術部顧問たる紗百合は、深々とこうべを垂れていた。
「…………すみません。小鳥遊さんの誕生日だって知らなくてなにも用意してません……」
「全然部室に来ないからこうなるんですよ」「ユリせんせーサイテー」「生徒に無関心なんですね」「いまからコンビニにダッシュするべきでは?」「ユリちゃんにはお仕置きが必要ですね」
子供たちからの痛罵を受け、紗百合はますますしゅんとなってしまう。
しかし、愛音は優しく微笑んでいた。
「おいおい、みんなあんまり酷いこと言うなよー。さゆりんだって一生懸命働いてるんだ。少しは労わってやらないと可哀想だろー。アタシはこうして祝ってくれるだけでも十分嬉しいぞ?」
「た、小鳥遊さん……怒ってないのね?」
目尻にじんわりと温かいものが溜まる。愛音はにっこりと笑ってそれに答えた。
「カラダを使ってくれればそれで構わないから。いますぐじゃなくていいぞ? ちょうど夏だし、紐みたいなドエロい水着姿を披露してくれればアタシは許してやる」
「ごめんなさーーーい! それだけは許してーーーーッ!」
そんなこんながあり、ついにそのときはやってきた。
勇気が出なくて躊躇っていたらトリを飾る羽目になってしまったのである。
胸の鼓動が早い。手に汗が滲む。
「愛音さん――」
詞幸は言葉がまとまらないまま、ラッピングされた小さな包みを手渡した。
「えっと……似合うかなって思って、選んだんだ、真剣に。だから――」
「おうっ、開けさせてもらうぞー!」
言い終える前に、愛音は包みから中身を取り出す。
「へーっ、ふーみんのセンスにしては可愛いじゃないか!」
それは2本のヘアピンだった。
いずれもラインストーンでキラキラと彩られているが、その形は異なる。
1本は♡、もう1本は♪の形をしていた。
「ハートが《愛》で、音符が《音》のつもりなんだけど……。どうかな……?」
愛音は答えず、手を持ち上げた。
髪に付けているヘアピンを外し、机に置く。代わりに詞幸からのプレゼントを付けてみせた。
「どうだ? 似合ってるか?」
はにかむように笑うその姿はとても可憐で、詞幸は胸が詰まるような思いがした。
「うんっ、似合ってるよ、すっごく」
熱に浮かされるように、自然と言葉が出た。
「可愛い! 世界で1番可愛いよ!」
それは、嘘偽りない、詞幸の本心だった。
愛音は一瞬、虚を突かれたように目をまん丸くしたあと、
「にひひひっ、そうだろそうだろ! 今日はアタシの誕生日、アタシが主役の日だ! 世界で1番可愛いに決まってるだろッ!」
胸を反らして高らかに笑った。
――結局。
詞幸は愛音に告白できなかった。二人きりの状況が作れないというのもあったし、本心からの一言を笑って流されてしまい、いまはまだそういう状況にないと悟ったことも要因だった。
そして、翌日。
「おっす、ふーみん! 今日もムカつくくらいいい天気だな!」
登校してきた彼女の髪に、自分の想いが詰まった輝きが2つ並んでいるのを見て、彼は微笑みを返すのだった。