第84話 不安と不安
「ほんっとマジごめん!」
部活が終わって愛音たちと別れ、電車を待っているとき、詩乃は手を合わせて謝罪を口にした。
「ウチが余計なこと言ったせいでナッシーに誕プレバレちゃって!」
「いいよいいよ、気にしないで。縫谷さんのせいじゃないし」
あれは話の流れでの不可抗力だ。タイミングが悪かったとしか言いようがない。
しかし、なおも詩乃は申し訳なさそうな顔で詞幸を見上げる。
「でも……詞幸、プレゼントと一緒に告ろうとしてたんでしょ? 当たって砕けろ的な感じで」
「勝手にフラれるの前提にしないでくれる!? そんなやけっぱちになるほど見込みなくないでしょ!?」
「う、うん、まぁ、そうかな? そうかも? 諦めたらそこで試合終了だし、そういう見方も人によっちゃありっちゃありだし……」
詩乃は堪えきれず、つい、と目を背けた。
「嘘っ、そんな暗い顔するほど!?」
急激な不安に襲われる。しかし、その不安を直視してはプレゼントを渡す勇気すらなくなりそうだったので、詞幸は話を逸らした。
「ていうか、よくわかったね、俺が告ろうとしてたって」
「うん。だって、隣でキショい顔しながらブツブツ言ってんだもん」
「縫谷さん、普通謝罪相手のことは侮蔑しないものなんだよ? あと『キショい』はなんか『キモい』より傷つくからやめて」
ホームに滑り込んできた銀色の車両を眺めながら、詞幸は、「キモイ」って言われ慣れてるのもおかしいけど、と自嘲した。
一方、詞幸たちとは別の駅で、愛音と季詠も電車を待っていた。
「なー、キョミ。この前ふーみんと一緒にいたのって、アタシのために誕プレ買いに行ってくれてたんだよな?」
「……………………気づいてたの?」
返答に間が空いたのは誤魔化そうかと逡巡したためだ。しかし愛音の確信的な言い方から無駄だろうと判断したのだ。
「いや、ルカにちょっと話したら、そうなんじゃないかって言われて」
「そうなんだ……。嘘ついててごめんね?」
部室ではなんとなく気まずい雰囲気になり、あのあと愛音の誕生日に関して触れることはなかった。
誕生日のあとで正直に話そうと用意していた答えを季詠は口にする。
「プレゼント選びに協力してあげるって約束したあと愛音に誘われたから、どうしても正直に言えなくて……。月見里くんが隠そうとしてるのに、私からプレゼントのこと教えるわけにもいかないし……」
「いや、いいんだ。サプライズ的な演出を考えてのことだったんだろうからな。ただ、」
そこで愛音は、季詠に向けていた顔を俯けた。
「男からプレゼントを貰うのは初めてだから、なんか、緊張するな……」
(あれ? もしかしてこの子、月見里くんのこと意識してる?)
季詠は、幼馴染の心が成長の兆しを見せていることにかすかな喜びを覚える。
詞幸に愛音との仲を取り持つと約束して1か月。空回りのようなアプローチも多々あったが、二人の距離は少しずつでも近づいているようだ。
次いで発せられた愛音の声は、僅かに揺れていた。
「ヘアピンくれるんだってな。どんなのだろ。キョミは知ってるんだろ?」
「うん。でも、私はアドバイスしただけで、最終的に選んだのは月見里くんだよ」
「そうかー、不安だなー。アホなアイツのことだから、安直にアタシの好きなから揚げとかおっぱいのヘアピン選んだんじゃないか?」
「から揚げはまだしもおっぱいのヘアピンなんてないから!」
やっぱり二人の距離はまだ遠いかも、と電車の甲高いブレーキ音に隠れて、季詠は長い息を吐くのだった。