第83話 プレゼントと伝えたい気持ち
放課後の屋上は西日が濃い影を作っている。
「ふーみん、いったいどうしたんだ? こんなところに呼び出して。部活に行かないのか?」
「来てくれてありがとう、愛音さん。実はキミに渡したいものがあって――」
後ろ手に隠していたものを渡す。
「はい、これ。誕生日おめでとう」
「わっ、こんな素敵なプレゼント、アタシが貰っていいのかっ? すっごく嬉しい! ……でも、プレゼントなら部室でも渡せるだろ?」
「ううん、それじゃ駄目なんだ。どうしても二人きりになりたかったから」
「え? それって――」
「愛音さん、キミがこの世界に生まれてきてくれた素晴らしい日に、プレゼントだけじゃなくて、俺の気持ちも贈りたいんだ」
その場に跪いて、左手を胸に、右手を差し出す。
「大好きだ! キミの太陽のような笑顔も、宝石のような瞳も、そのすべてが愛おしい! これからの日々を、俺と一緒に歩んでほしいんだ!」
「は、恥ずかしいこと言うなよ……」
俯き加減に顔を赤らめる。
「返事は言わないぞっ。ただ、プレゼントのお返しはしないといけないよな、うん」
右手が、小さな手に柔らかく包まれる。
「これが、アタシからのプレゼントだ――ちゅっ」
夏空に舞う吹奏楽部の音符たちが、二人の未来を祝福しているようだった。
(うわこれヤバくない!? この天才的センス! 完璧なプレゼント&告白シナリオ! 俺もう告白コーディネーターとかになれるレベルだよね! まったく失敗する流れが見えないもん!)
脳内劇場から帰ってきた詞幸は、鼻息荒く拳を握る。
プレゼントを用意したはいいが、実際どうやって愛音に渡すのがいいか、彼はシミュレートしていたのである。
「ねぇねぇ、みーさんはナッシーの誕プレもう用意した?」
詩乃が御言に問う。織歌のほかに、当の愛音もまだ部活に来ていないからできる質問だ。
「はいっ。あまり高価なものではない方がいいと詩乃ちゃんが教えてくれたとおり、控えめな贈り物を用意しました」
「うわぁ~、絶対ウチらにとっては高価なヤツな気がするぅ~。で、なんにしたん? ウチまだ用意してなくさぁ、かぶったらヤだから教えてほしいんだけど」
「アロマランプです。小さい物ですし、邪魔になることはありませんから」
「なるほどねぇ~。ききっぺはボディークリームって言ってたし……詞幸は? この前ききっぺとなに買ったの?」
「え、ちょ、え? なんで知ってるの!?」
季詠と出かけた理由について、あのとき詩乃たちには嘘の目的を伝えていた。真の目的は誰にも言っていないのに、詩乃がさも当たり前のように聞いてくるのはおかしい。
もしかしてと思って季詠に目をやるが、首を横に振られただけだった。
「そんなのわかるに決まってんじゃん。あんなバレバレな嘘に騙されるのなんてナッシーしかいないっての。まぁ、みーさんはウチより早く見抜いてたみたいだけど」
「はい。わたくしはお二人を見かけた段階で、愛音ちゃんの誕生日プレゼントを買いに来ているのだとわかっていました」
「そうなの!? だったらなんであのとき助け舟を出してくれなかったのさ!」
勘繰る愛音を誤魔化すのにどれだけ苦労したことか。
詞幸が声を荒らげると、御言は口元を押さえた。
「お二人がおたおたしている姿が面白かったので魔が差しました。すみません、反省はしていません」
「反省してないならわざわざ言わなくていいからね!?」
詞幸がツッコむと、詩乃が苛立ちを滲ませて言う。
「ねぇ、いいから早く教えてよ。ウチの誕プレが決めらんないじゃん。アンタはなに買ったの?」
「ええー、言わなきゃダメ?」
「ダぁ~メぇ~」
詩乃は有無を言わさぬ口調だ。しかし、詞幸は好きな人のために本気で選んだものがなにかを教えるのが恥ずかしいのだ。
「しかたないなあ。俺が買ったのは………………やっぱ言いたくないなあ」
「うっざ!! いいから早く言え! なんでそんな言いたくないの!? ――あっ、まさかアンタききっぺと選んだのはやめて、やっぱりエロい下着贈ろうとしてるんじゃ!?」
「違うよ! ヘアピンだよ、ヘ・ア・ピ・ン! 下着なんて(いまは)贈らないよ! 俺が愛音さんに贈るのはヘアピンなの!」
「あっ」
その声は、部室にいる誰から発せられたものでもなかった。
声の主は愛音だった。ドアの外で、部室に足を踏み入れる寸前で止まっている。
「……あー、んー、えっとー……」
愛音は空中を見やって、たっぷり10秒間思案したあと、1歩後ろに下がった。
「いまのは聞かなかったことにして、ドアを開けるところからやり直そうかー?」
詞幸の『完璧なプレゼント&告白シナリオ』は、根本から見直さねばならなくなった。