第82話 織歌の相談室②
特別教室棟4階の端、話術部の部室の反対側に、屋上へと続く階段がある。
屋上への扉には鍵がかかっており外には出られない。しかし、だからこそ、人目を避けるのには絶好の場所と言えた。
「悪いな、ルカ。こんなところに呼び出して」
放課後、本来なら部活の時間である。
「気にするな。どうせ大した活動をするわけでもなし。で、用件はなんだ?」
「……実はまた、相談事なんだ。……キョミと、ふーみんのことについて」
躊躇いがちな言葉に、数週間前の記憶が蘇る。
あのときも、愛音は季詠と詞幸のことを相談してきたのだ。
「この前の土曜日のことなんだけどな――」
愛音は、御言、詩乃と買い物に出かけたこと、自分の誘いを季詠は親戚に会いに行くからと断ったこと、それなのに季詠が詞幸とデートしているところに鉢合わせたことなど、事のあらましを訥々と説明した。
「付き合ってるわけじゃないってアイツらが頑なに否定するもんだから……アタシも空気を悪くしちゃいけないと思って、その場は納得することにしたんだけどな、やっぱり腑に落ちないんだよ……」
「小鳥遊にも空気を読むなんて大人な行動ができたんだな」
「ぶー、茶化すなよー。アタシはぽっと出の男に親友兼恋人兼母親を盗られたんじゃないかってやきもきしてるんだからなー」
「せめて母親役はさせるな。自立しろ」
恋人というのもおかしな気がするが触れないでおいた。
「なー、ルカはどう思う? 会ったこともないふーみんの近所の子のために休日使うか? やっぱり本当はアイツら付き合ってるんじゃないのか?」
常に溌溂としている愛音の瞳が不安に揺れる。
友人としてそれがいたたまれなかったのか、それは、口をついて出てしまった。
「いや、明らかにお前の誕生日プレゼントを買いに行ったんだろ」
「え?」
「あっ……」
言ってから、しまったと思った。だがもう遅い。
「アタシの……? えっ、あ、ん、そういうことか?」
愛音は首を捻って思案している。どうやらまだ納得できていないようだ。
織歌は観念して、解説することにした。
「お前の誕生日は3日後だろう。それを知った月見里がプレゼントを用意しようとして、帯刀にアドバイスを求めるのは想像に難くない。帯刀は面倒見がいいうえ、小鳥遊のこととなれば喜んで協力するだろう」
愛音は黙ってコクコクと首を動かしている。
「逆に、小鳥遊が言うように『近所の女の子へ日頃の感謝を込めたプレゼントを贈りたいから』なんて理由で帯刀が協力するとは考えにくい。だがこれが嘘だとしても、あいつらが恋人同士だと隠すためについたことにはならない。むしろ嘘としては不適切だ」
「ん? どういうことだ?」
「仮に二人の恋人関係を隠すためだとして、わたしが月見里なら『実は愛音さんへの誕生日プレゼントを一緒に買いに来たんだけど、サプライズにしたいから隠してたんだ』とでも言うさ。近所の女の子――なんてバレバレな嘘をつかずにな」
はっ、と愛音が息を呑んだ。
「お前が喜びでそれ以上追及しなくなるという効果も期待できる。そうしなかったのは、それが嘘ではなく真実だからだ。プレゼントの存在を知られたくなかった、と考えると辻褄が合う」
そこまで説明すると、愛音は肩の力を抜いた。
「な、なーんだ、そういうことかよー。ったく、アイツらも人騒がせだなー」
軽く愚痴を零しながらも、もにょもにょと口を動かしてはにかんでいる。
「一応言っておくが、あくまでもこれはわたしの推理だからな、鵜呑みにするんじゃないぞ? それと、本当にプレゼントを貰ったならちゃんと驚いてやれ。そうした方がアイツらも喜ぶ」
「オッケ、オッケーっ。そんくらいの気遣いなら余裕だっ。いやー、ルカに相談してマジで良かったー。さすが恋愛マスター! 女の友情よりも男との時間を取るだけのことはある!」
「…………なんのことだかわからんな」
件の買い物には織歌も誘われており、それを断っていたのだ。愛音はそのことを言っているのだろう。しかし、織歌はただ「用事があるから無理だ」としか言っていない。
「おいおい、人の嘘は見破るのに自分の嘘は随分と下手だなー」
愛音はニマニマ笑いで織歌を見上げている。
「テストのせいで彼氏と一緒の時間があんまり取れなかったんだろう? アタシたちと一緒に出掛けるより彼氏とイチャコラしてた方がいいもんなー。夜の公園で激しくちゅっちゅしてたからって別に咎めはしないぞー」
「ま、まさか…………お前アレを見てたのか!?」
「え………………本当にそんなことしてたのか!?」
織歌は体中の血が一瞬で冷えて凍ったように感じた。いまのは完全に自滅だった。
「ははっ、こんな面白そうなネタがあるなんてなっ。早く皆に言い触らさないと!」
「待て、小鳥遊! やめろ! そんなことされたら、わたしは恥ずかしくて死んでしまうぅ!」
階段を駆け下りる愛音を追いながら、こんなことなら相談に乗らなければよかったと思う織歌であった。