第81話 キミへのプレゼント⑨
「う~ん、出ないなぁ。月見里くんどうしたんだろ……」
男子禁制の買い物が終わり、季詠は約束どおり詞幸のスマホにかけているのだが応答がない。
「きっと近くにいるでしょうし、少し移動しませんか? ここを待ち合わせ場所にするというのも大変愉快ですけれど」
「あー確かに。ランジェリーショップから出てきた女4人を男が迎えに来るってのは、傍から見たら相当イカれてるだろうしなー」
御言の提案で場所を移すことにする。
「もしかして、アタシらに対抗してふーみんも男物のパンツ買ってるんじゃないか? ストライプ柄の履いてるってこの前言ってたぞ」
「うげっ、なにそれ想像したくなぁ~い。あ、」
歩き始めて程なくすると、詩乃が声を上げた。
「ねぇねぇ、あれ詞幸じゃない?」
指し示す先は中央の吹き抜けを挟んだ反対側。そこにいたのは、確かに詞幸だった。しゃがみ込んで、誰かと話している。
一行が近づくと、詞幸が赤のワンピースを着た小さな女の子に手を振っているところだった。
腰を落としていたのは、幼稚園児と思しき少女と目線を合わせるためだったのだ。
「おにいちゃん、ばいばーい!」
元気な声と共に少女は右手を大きく振っている。彼女の左手を引くのは母親だろう。深々と詞幸に会釈をした。
「ばいばーい。今度はお母さんの手を離さないようにねえ! ははっ、可愛いなあ……」
「――詞幸ってやっぱロリコン?」
「うわっ、ビックリした! いきなり背後から現れないでよっ」
手を振り返すのに夢中で、詩乃と御言がいるのに気づかなかったらしい。
「うふふっ、随分とデレデレしていましたね。いまも鼻の下が伸びきっていますよ?」
「これは父性の表れだよっ。男ってのは小さい女の子を見るとこうなるようにできてんのっ」
「じゃーナンパじゃないんだ?」
「迷子だったから一緒にお母さんを探してあげただけだって! 二人とも俺のこと馬鹿にしてるでしょ!?」
「うん」「はい」
「……素直なのが美徳とは限らないんだよ?」
「ほらほらお前ら、くっちゃべってないで次行くぞー」愛音が待ちきれないとばかりに急かす。「近くにゲームセンターがあるんだよ。ミミ行ったことないだろ?」
「ないです! 是非行きたいです!」
「きゃははっ、みーさんはしゃぎすぎぃ~」
愛音たちがわいわいとエントランスに向かう。季詠も後に続こうとしたときだった。
「あ、帯刀さん、待って」
「え?」
呼び止められて振り向くと、詞幸がバッグの中からなにかを取り出した。
それは、リボンが巻かれ、綺麗にラッピングされていた。
「今日は本当にありがとう。これ、お礼の気持ち。お昼ご飯奢れなかったから、その代わりにと思ってさっき買ったんだ。使ってくれると嬉しいけど……あっ、恥ずかしいから家に帰ってから開けてね?」
「え? 私に?」
「うん。帯刀さんへのプレゼント……もしかして迷惑だった?」
「ううん、そんなことないよ!」大きく首を振って否定する。「ただ、ちょっとビックリしただけ。愛音のプレゼント買いに来たのに、自分が貰うなんて思ってなかったから」
季詠はおずおずと包みを受け取る。
そして、ぎゅっと胸に抱きしめた。
「ありがとう、大切にする。 ふふっ、月見里くんってやっぱり律儀だねっ」
「ただいまー」
家に帰ると気が抜けたのか、充足感と共に倦怠感に包まれた。
「お帰りなさい、季詠。晩ご飯はもうちょっと待っててね」
「うん、わかった」
手洗いとうがいを済ませ、2階の自室に荷物を置きながら今日という日を振り返る。
騒がしかったが、とても満ち足りた楽しい1日だった。自然と笑顔がこぼれる。
外出着から着替える前にまず彼女が行ったのは、詞幸からのお礼のラッピングをほどくことだった。
「わぁ、これ――」
中から出てきたのはステンドグラスの意匠が施された写真立てだ。
それは、季詠が愛音にどうかと詞幸に勧めたものの色違いだった。照明の光を受け、青、藍、水色、紫の輝きが四角いフレームを彩っている。
「綺麗――」
季詠は机の真ん中に写真立てを置くと、椅子に腰を下ろした。
向きを変え、首を傾け、いろんな角度から眺める。
そして、机に乗せた腕の上に、こてんと頭を横たえた。
「ふふっ、どんな写真を飾ろうかなぁー」
まどろんだような呟きと一緒に思い出したのは、詞幸が口にしていたキザなフレーズだった。