第80話 キミへのプレゼント⑧
食事を終えた一行は、昼を過ぎて賑わいを増した店内をそぞろ歩いていた。
詞幸は詩乃が愛音たちから離れたタイミングを見計らって、こそっと話しかけた。
「縫谷さんさあ、俺が愛音さんのこと好きなの知ってるでしょ? なんでさっき、ランジェリーショップには、ヤ……ヤってない相手とは来ない、とか引っ掻き回すようなこと言ったの?」
非難の目を向けると、悪びれた様子もなく詩乃は答えた。
「そりゃぁ、知ってるけどさぁ~。だからってナッシー一筋とは限らなくない? ナッシーのほかにききっぺのことも好きかもしんないじゃん。二股上等って感じで」
「俺ってそんな酷い男に見える?」
「誰がどう見えるかなんて関係ないし。男女の仲がどうなるかなんて誰にもわかんないんだから。本人にもね」肩を竦めてみせた。「まぁ、詞幸は女の子の扱いがド下手だから、ききっぺとそういう仲になるとか無理だろうけどぉ~」
小馬鹿にした態度に詞幸は若干ムッとした。彼なりに女性との接し方を勉強してはいるのだ。
「確かに得意ではないけど……具体的にどういうところが下手だと思う?」
「女の子を立てないところ。いい? 女の子のオシャレは褒めないといけないの。マナーっていうか義務なの。でも詞幸はウチらのこと全然褒めてないじゃん」
「うっ、確かに……」
ぐうの音も出ず、詞幸は押し黙った。もっとも、バタバタしていてそうする余裕がなかったというのもあるのだが。
「あっ、でもちゃんと帯刀さんには似合ってるねって言ったよ?」
勝ち誇ったように告げると、詩乃は目をパチクリさせた。そして、肩を落とすとともに大きな溜息をついた。
「はぁぁぁぁ~~~~~マジそういうとこだわぁ~…………」
「え? え? なに? なんで? なんか変なこと言った?」
その反応の意味がわからない。首を左右に捻る。
と、季詠がこちらに振り向いた。 ちょいちょい、と手招きする。
「詩乃、ちょっといい?」
「ほいほ~い。なになに?」
詩乃が駆け寄ると、女性陣4人は輪を作ってひそひそ話を初めてしまった。
こういうとき唯一の男である詞幸は立場の弱さを自覚してしまう。
「じゃあそれはウチに任せて」
何事を話していたのか、詩乃がそう言ったかと思うと、季詠以外の3人が通路の脇に並んだ。
「はい、じゃあ詞幸。男子の義務としてウチらのファッションのことちゃんと褒めて。ききっぺはもう褒めたみたいだから3人分ね。ただし、ちゃんとできてなかったら罰ゲームだから」
「罰ゲームだけじゃやるメリットがないよ……。なんでいきなりそんなことに?」
「部活の一環ですよ、詞幸くん。人は褒められるとドーパミンやオキシトシンといった脳内物質が分泌されるのです。これらは一種の快感を呼び起こすもので、会話の中で分泌されれば、相手は『この人といると気持ちいい』、『一緒にいたい』と感じるのです。つまりは恋愛における必勝テクニックのようなものですね」
「なるほどっ」
その言葉だけで詞幸は俄然やる気になった。これを受けて詩乃が頷く。
「詞幸の男子力を見せてもらおうじゃん? そんじゃまずは、みーさんから」
御言は花柄のオフショルダーにふんわりとした丈の長いスカートという出で立ちだ。
「ガーリーで可愛いね!」
「次はウチね」
詩乃はショートパンツにレースカーディガンを合わせたコーディネートだ。
「ガーリーで可愛いね!」
「……最後はナッシー」
愛音の服は、ミニスカートにTシャツ、パーカーというファッションだが、全体的にパステルカラーの色合いで、女児服と形容される装いで纏まっていた。
「ガーリーで可愛いね!」
「ああもう! さっきから同じことしか言ってない!」詩乃が声を荒らげる。「アンタが知ってるオシャワードって『ガーリー』しかないの!?」
「ごめん、女子のファッションには疎くて……。一言だけだと味気ないからスパイスを利かせたつもりだったんだけど……」
「いまのがスパイスのつもりなら、感性が味覚障害を起こしていますね。折角おめかししたのに、これでは気分が萎えてしまいます」
「なー。救えないほどのボキャ貧だよなー」
御言と愛音も心底呆れているようだった。
「じゃあ当然の罰ゲームで詞幸だけ単独行動ね。その間ウチら4人で買い物してるから」
「そんなあ! ここでのけ者にするなんて寂しいこと言わないでよ!」
「あとでちゃんと連絡するから。月見里くん、ごめんね」
「待って待って、ほんとに? 男手が必要じゃない? 荷物持ちぐらいなら俺やるよ?」
「ったくホント察しが悪いな、お前はっ! さっきの店行って下着見るんだよ!」
痺れを切らしたように愛音が怒りをあらわにした。
「男がいたらあんなとこ入れないだろうが! あけすけに言うのが嫌だから罰ゲームって体でお前と別行動しようって考えだったんだよ!」
「デデデ、デリカシーがなくてすみませんでしたあ!」
言うが早いか、詞幸は一目散に逃げだした。