第73話 キミへのプレゼント①
テスト明けの晴れやかな気持ちが空に映ったかのように、雲一つない快晴となった土曜日。
詞幸は駅前の待ち合わせ場所へと急いだ。
「ごめーん、待った!?」
「ううん、私もいま来たところだから」
定型文を口にして首を振り、季詠は詞幸の顔を覗き込んだ。
「それよりも大丈夫っ? 息荒いけど。そんなに急がなくてもよかったのに」
「いやっ、だってっ、俺とっ、付き合ってっ、くれるのにっ、遅れたらっ、悪いからっ」
「…………………………………………………………………………………………~~~っ!?」
それは途切れ途切れの言葉であったために、季詠はワンテンポ遅れて間違いに気づいた。
「『俺と』じゃなくて、『俺に』でしょ!? 助詞が違ったら意味も違っちゃうじゃないの!」
「? 俺、なんか、間違ったこと、言った……?」
酸欠状態の詞幸は頭が回っていないのである。
「う、ううん、いいのっ。別に大したことじゃないからっ」
両手を振って話を終わらせる。これ以上説明したら恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだった。
(休みの日に二人で会うなんて緊張するのにぃ……なんでこんなことに……)
昨日、期末テストの全日程が終了したあと、愛音がいないタイミングを見計らって季詠はこそっと話しかけた。
「月見里くん、誕生日プレゼントの目星はついた? 7月11日まであと1週間もないけど」
「うん、バッチリだよ。用意するのはまだこれからだけど――ほら、これ見てよ」
詞幸はスマホを操作して季詠に渡した。表示されていたのはショッピングサイトのページだった。
「7月の誕生石ルビーを使ったハートのネックレスだよ。ルビーの宝石言葉――あ、宝石言葉にも花言葉みたいに意味が複数あるんだけどね、ルビーには情熱、自由、勇気と、愛ってそのままダイレクトな意味があるんだ。愛音さんにピッタリだよね! このピンクゴールドのチェーンもオシャレだし愛音さんに似合うと思うなあ……。それにほらっ、ここ見てよっ。ダイヤモンドも使われてるんだよ? ダイヤには『永遠の絆』って宝石言葉があって――」
「重いよ!」
季詠は思わず叫んだ。
「重い! 想いが重い! 高校1年生でジュエリーブランドのネックレスなんて贈らないよっ? 贈るとしても恋人同士! 月見里くんと愛音はまだ友達同士、しかもまだ友達歴1か月! なんでまだ付き合ってもないのに『永遠の絆』結ぼうとしてるの!?」
愛の重さとは、すなわち精神的負担の大きさでもある。
愛する方は純粋に相手のことを想い、よかれと思って献身する。しかし愛された方はそれに見合った愛を返さなければならないと考えてしまい、それが苦痛に転じることもままあるのだ。
また、ある程度の親密さがなければそれは独占欲や依存心の表れとなる。ストーカーがいい例だろう。一方的な愛の重さは、時に相手を傷つけるのである。
「しかもこれ1万5千円もするじゃないの! 月見里くんお金あるのっ?」
「あー……前借りしたお小遣い3か月分使うからなんとか」
「婚約指輪と同じ考え! やっぱり重いよー……」
季詠は頭が痛くなってきた。
「そもそも買える買えないじゃなくて愛音にそんな高価なもの与えないで。我慢できない子に育っちゃうから」
「親目線の教育論だね……」
「もういいっ。前にも言ったけどやっぱり私も協力してあげる。明日一緒に出掛けましょ?」
(私が誘ったんだったぁぁぁぁぁ!)
季詠はテンパっていた。男子を誘うのも男子と二人きりで出かけるのも季詠にとっては初めての経験。いまさらながらにその気恥ずかしさが襲ってきて、脳内はパンク寸前だった。
彼女は頭を抱えたが、傍らの詞幸にはその意味がわからない。息を整え、どうしたのだろう、と改めて季詠に視線を向けた。
季詠の出で立ちは夏らしい涼やかな水色を基調としたワンピース姿だ。学校での制服姿よりもさらに清らかで上品な印象を受ける。
「あ、そっか…………帯刀さんの私服、初めて見たけど……かかか可愛いねっ」
「ふえぇぇっ!?」
季詠は本当にどうにかなってしまいそうだった。
「月見里くんってそういうこと言うタイプだっけ!?」
バクンバクンと心臓が激しく鼓動する胸を押さえる。
(あれ? オシャレを褒められないのを気にしてたんじゃないんだ……)
「ははは、いやあ、こういうの柄じゃないけど……素直に言える方がカッコいいかなって……」
(素直って、ええ!? お世辞じゃなくて!?)
恥ずかしそうに頬を掻く詞幸と目を合わせられない。
「………………いつまでもここにいても仕方ないし、とりあえず行こっ?」
「う、うん……」
二人は互いに目を逸らしたまま、並んで歩きだした。
歩いているうちにこの胸の高鳴りが収まりますように、と祈りながら。