第70話 目と目で通じ合う(?)
午前の授業が終わり、弛緩した空気が教室を支配する昼。
いつものように机をくっつけ、詞幸は愛音、季詠と一緒に昼食をとろうとしていた。
と、季詠が持ってきた弁当の包みを見て愛音は言う。
「あっ、キョミ! それ今日のパンツと同じ柄じゃないかっ? 今朝、恒例のスカートめくりしたときに見たのとそっくりだ!」
「ちょっ、愛音!? 月見里くんもいるのにそういうこと言わないでよっ!」
紅潮した季詠が包みを背に隠す。その布地は薄い水色で白いドットが施されているものだった。
詞幸は口に含んだスポーツドリンクを噴き出しそうになって噎せてしまう。
「いつもそんなことしてんの!?」
すると愛音は肩を竦めて「いやいや」と手を振った。
「恒例って言っても毎日じゃないぞ。毎月だ。アタシは月にきっちり1回だけという制約を己に課してるんだよ。そうでないとスカートめくりのありがたみが失われるからなっ」
「行為の俗っぽさと相反するストイックっぷり!」
「今月ももうそろそろ終わりだろ? いやー、危うく使命を忘れるところだったからなー。焦ったよ」
「そのまま忘れてくれてればよかったのに……」
顔を覆ってフルフルと首を振り、季詠は恥ずかしがっている。
その様を見て、詞幸はハッとした。
過日、詩乃が見せたあざとさの凝集たるモテのテクニックは、詞幸の心――その恋愛観を大きく動かした。
いったいどれだけ研鑽を積めば、あそこまでの技術を身につけられるのだろうか。
恋愛初心者たる彼はそう思い、まず手始めに、家に帰るとネットでモテるためのテクニックを漁ったのだった。
(これは、『自然な気遣いがモテる男のポイント!!』を実践するチャンス!)
詞幸は今日登校してからずっと、そうして得た知識を実践する機会を虎視眈々と狙っていたのである。
(帯刀さんの恥ずかしさを和らげるようなことを言わないと!)
そしてその機会こそがいまなのだ! 頭をフル回転させ、気の利いたセリフを必死に探す。
(「そんなに恥ずかしがることないよ」――これだと帯刀さんの感情を否定するだけだ! 「また水色なんだね」――いや違う違うっ、逆効果だ! いったいどうすれば………………はっ、そうだ! こういうときはアレだ!)
詞幸は左手でポケットからハンカチを取り出すと、右手を握り締め、立てた親指で勢いよく自分の胸を指した。
「実は俺もこのハンカチと――今日履いてるトランクスが同じ紺のストライプなのさッ!」
ドヤアアアァァッ!
「なんでそんなにカッコつけて言うの!?」
(フッ、決まった……っ! 敢えて恥ずかしいこと言って帯刀さんの恥ずかしさを消してしまう『恥の上書き』! 愛音さん、少しわかりづらいけど、心情を読み解くのが得意だと自負するキミなら、俺のこの自然な気遣いに気づいてくれたよね?)
渾身の一言に自己陶酔したまま愛音に視線を移すと、
「いや……そんな『次はお前の番だ』みたいに見られても……。アタシはパンツの柄なんて答えないからな……痴女じゃあるまいし……」
引き攣った顔で椅子ごと後ずさりしていたのだった。
「ち、違うよ、そういう意味で見てたんじゃないからあ! 逃げないでよ愛音さん! お願いだから虫けらを見るような目をやめてよお!」