第69話 ビッチの生態 後編
詩乃の行状を調査しようと決めてから、詞幸と愛音は監視と尾行を始めた。
彼女が在籍するE組のドアから堂々と覗くのではバレてしまうため、休み時間の度にさりげなく教室の前を往復し、それとなく中の様子を窺う。彼女が教室の外に出るのであれば後をつけ、放課後もできる限りの追跡を試みる。
そうした調査を開始してから3日目。
「ほかクラスとか上級生の男との逢引き現場を押さえることには成功したが……それだけじゃビッチ認定はできないよなー。ビッチムーブに乏しいというか……」
詩乃は顔が広く、多くの生徒と廊下や中庭などで談笑していた。確かに、その相手は女子より男子生徒の方が多いが、ただ単に男友達が多いだけと言えなくもない。
「でもほら、あれは? 縫谷さんって椅子に座ってるとき、わざとらしく足を組み替えるよね? 中が見えちゃうくらい大きな動きでさ。あれは男を惹きつけるための行動じゃない?」
詞幸は投げかけるが、愛音は唸って首を横に振った。
「いや、その程度は馬鹿女なら割と誰でもやる。ふーみんがチョロいから気になるだけだろ。お前のチョロさはハーレムラノベのピンク髪ツンデレヒロイン並だからな。参考にならん」
「絶妙に傷つく例え!」
そんなこんなで決定打となるものを見いだせないまま、二人はいまも監視を続けている。
「今度は……あ、あれは野球部のキャプテンだね」
特別教室棟の1階、階段下のスペースに二つの影がある。ゆるふわ巻き髪とぶかぶかカーディガンの女子が、背が高く肩幅の広い五分刈りの男子と話している。
「きゃはははっ、先輩いまのマジでパワーワードっしょ! どちゃくそウケる~☆」
会話の内容はわからないが、時々詩乃の明るくじゃれつくような声が聞こえてくる。
「――いままでと同じで特に変わったところはないね……」
離れたところから柱の出っ張りに隠れてその様子を見ていた詞幸が囁く。顔の良さと学業や部活での優秀さを両立した男子としか会っていない、というこれまでの傾向どおりだが、それだけだ。ほかの女子と比してビッチ度が高いと断ずるほどの材料にはならない。
ところが、詞幸の前でしゃがんでいた愛音が小さく声を上げた。
「はっ! ようやっと違和感の正体がわかったぞっ。ふーみん、しののんの姿勢を見てみろ!」
言われて目を凝らす。が、それはこれまでの男子と話していたときと変わらない、手を腰の後ろで組んで、上体をやや前に傾けた姿勢だ。加えて、女子の平均的な身長の詩乃は、自然と男子を見上げるような格好になっている。
「なにもおかしなところはないと思うけど……」
「ああ、基本の姿勢は変わらない。だけどな、距離と角度が違うんだよ、ほかの男共と! アイツはあのキャプテンとの身長差を見て、自分が1番可愛く見える位置を計算して、腰の角度を変えて、ああして立っているんだ! 効果的に上目遣いの威力を出し、さらには胸の谷間が見えやすいようになっ!」
「なん……だと……?」
「上目遣いで可憐さをアピールし、大きく晒した胸元で盛った男のリビドーを煽る! あれこそ男の情欲を吸い寄せる上級ビッチ技――《しののんゾーン》だッ!」
「《しののんゾーン》……ッ!」
名前こそ滑稽だが、恐ろしい計算高さを感じた。知らず、詞幸はゴクリと唾を飲み込む。
「それだけじゃない……アタシの《観察眼》が正しければ、アイツは次に髪をかき上げ、唇に触れるっ!」
「まさかそん――なにいいいっ? 本当に髪をかき上げたああああ!?」
詞幸は興奮して目を見張った。愛音も熱の籠った声で説く。
「いままでは共通点に気づかなかったけどな……しののんはほかの男と話すときでも、まるでルーティンのように同じ行動をとっていたんだ。あれがアイツの得意戦法なんだろう……っ!」
視線の先で、詩乃が考え込むような仕草で唇に指をあてた。
「うなじを見せて、次は唇! 男が思わずキスしたいと思うような部分への連続視線誘導術《口づけテンプテーション》ッ!」
「そんな高等技術まで!? あっ愛音さん! そろそろ話が終わりそうな雰囲気だよっ!」
見ると、詩乃は野球部キャプテンに手を振りながら、名残惜しそうに体の向きを変えていた。
ゆっくりと二人の距離が離れていく。と、詩乃は急に立ち止まり、
「あ、待って!」
と呼びかけた。キャプテンが振り返り、そして詩乃が遅れて勢いよく振り返る。すると、大輪の花のようにスカートが翻った。
「えへへっ、なんでもないっ。またウチとおしゃべりしてね? 先輩☆」
「で、出たーッ! 見事な半回転! 《またね☆ターン》だ!! あえて一度別れ、会話が終わったと思わせて不意打ちで振り向くぅ! 油断してるところにこれはきゅんきゅん力高いぞ!」
「スカートがふわっと持ち上がるのもポイント高い! この画になる一瞬は脳裏に焼き付いて離れないッ! 夜ベッドの中で悶々としてしまうやつだあ!!」
「…………アンタらさぁ、さっきからごちゃごちゃと何してんの?」
「縫谷さん!」「しののん!」
二人が振り向くと、いつの間にか詩乃が目の前に呆れ顔で立っていた。キャプテンの姿はもうなく、猫をかぶる必要がなくなった詩乃から問い詰めるような視線が向けられる。しかし詞幸はそれを気にすることもなく、詩乃の両手を包み込むように力強く握ったのだった。
「いやあ凄かった! なんか感動しちゃったよ! こんな計算されたあざとさがあるなんて!」
「まさにビッチの中のビッチ! あばずれビッチの名は伊達じゃない! 疑って悪かったな!」
「……アンタら、ウチに喧嘩売ってる?」