第67話 本音と建前
期末テストまであと1週間。切羽詰まった状態なのは誰も同じようで、教室内では休み時間も教科書を開いている姿が多く見受けられた。
「んなーっ! さっぱりわからん! なんだよ助動詞の活用って! 無駄にややこしくしやがってっ!」
愛音もまた、古典の教科書に悪態をついていた。
「もう、ギリギリになってから勉強始めるんだもの。もっと早くからやってれば慌てないのに」
季詠は愛音の無計画さを指摘する。
「部活中だったら紗百合先生に教えてもらえたかもしれないじゃない」
テスト勉強に励めるよう、今日からテスト終了日までは部活動が休止となる。顧問である紗百合に教えを乞う機会はなくなってしまった。
と言っても、そもそも紗百合が話術部に顔を出すこと自体が稀であるため、部活があっても指導を受けられるかは微妙だが。
「えっ、さゆりん古典教えられるのか!? まるで先生みたいだな!」
「いままでなんだと思ってたの……」
呆れ気味に季詠が返すと、愛音は力強く言い放った。
「豊満ボディーで我々のやる気を引き出すお色気担当だッ!」
「……それ、本人の前では言わないでね」
そんな会話をした次の休み時間。
愛音と季詠は廊下で紗百合と出くわした。
「あ、お色気担当――じゃなかった。さゆりん!」
「いますごく失礼なあだ名が聞こえた気がしたんだけど」
ジトっとした目で愛音を見る。
「ははっ、気のせい気のせい」
適当に笑って誤魔化した。
「そんなことより古典教えてくれよー。一応古典教師なんだろー? なんならどんな問題が出るか教えてくれるのでもいいぞ?」
紗百合は愛音たちの授業を受け持ってはいない。しかし、テスト問題は複数の教師が確認して出題ミスがないようにするものである。出題内容は彼女も把握しているはずだ。
「『一応』は余計です! そんな態度をする子に個別指導はできませんっ」
紗百合は腕を組んで叱った。
「もちろん問題のリークなんてもってのほかですっ」
「ぶー、ケチー」
口を尖らせる愛音の視線を躱し、紗百合はフッと気遣わしげな表情になった。
「そんなことよりあなたたち、現代文のテストは絶対落とさないでね? 話術部――なんて日本語力鍛える部に入ってるのに成績が悪かったらあたしの指導力が問われるから」
「そんなことよりって……自分の担当科目をそんな蔑ろにしていいんですか?」
季詠が非難の色を宿した目を向けるが、紗百合は肩の力を抜いたあっけらかんとした態度で答えた。
「いいのいいの。卒業したら古典なんて教員や研究者にでもならない限り触れることはないわ。あたしも立場上は、我が国の文化や伝統について関心を深めるようにする、なんて理念があるように振舞ってるけどね。実生活ではなんの役にも立たないし、最悪落としても補習受ければいいのよ」
あまりの適当っぷりに季詠も愛音も呆れ返ってしまった。
「古典教師としてそれでいいんですか……」
「やっぱりさゆりんはお色気担当がお似合いだな……」