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第66話 カラオケにて⑧ 今度は

 発車ベルに急かされて先頭車両に駆け込むと座席はもう埋まっていた。詩乃(しの)が運転席側の壁に体を預けたので詞幸(ふみゆき)はその横に並ぶ。

 二人で乗る電車にももう慣れたもので、最初のぎこちなさもなく、自然と今日のカラオケを振り返っていた。

 それぞれの選曲がどうだとか、意外と織歌(おるか)がノリノリだったとか、詞幸のマイクの持ち方が気取りすぎだとか――

 そういった話をしていたところ、不意に、

「ところでさぁ~、まだナッシーに告んないの?」

 そんな質問をされて、詞幸は固まってしまった。

「………………」

 誤魔化すようにガラス越しに運転席に視線を移し、そのまま前方を見やって、線路が後方に流れていく様を眺める。

「好きなんしょ? ナッシーのこと」

「うっ………………」

 追い打ちをかけられ、沈黙を続けるのは無理だと判断し、今度はおどけてみせた。

「HAHAHAHA、ユーはなにをサドゥンリー、ブッシュからスティックに」

「誤魔化さなくていいから。バレバレだし」

「………………やっぱバレてた?」

 数日前、恋バナをしたときからそんな気はしていたのだ。

 詩乃は無言で、しかし口元を緩ませながら頷いた。

「わかってるなら協力してくれてもよかったのに……」

 せめてもの抵抗として、詞幸は声に不満の色を乗せる。

 愛音(あいね)への好意に気づいていたのなら、その隣に座りたがっていたこともわかっていたはずだ。

「イヤだし、そんなの。気乗りしないし」

 詩乃は頬の横で髪を指に巻きながら答えた。

 なぜ協力に気乗りしないのだろう。詞幸はその理由を考えようとして、つい先刻、詩乃にオトしてみせると言われたことを思い出した。

「それってまさか本当に――」

「はぁっ? そんなんありえないし。あれはあの場だけのノリだし。チョーシ乗んな」

「まだなにも言ってないけど……」

「そんなキモイにやけ顔されたらイヤでもわかるっての」

(うわ、俺の顔またさっきのアレになってた!?)

 詞幸は自分の顔を触って確かめようとする。

 その反応を見て、詩乃は呆れと苦笑を顔に浮かべた。

「そういう意味じゃなくてぇ、ナッシーの気持ちもわかんないのに迂闊なことはできないってこと。ナッシーも詞幸のこと好きなら別だけど、そうでもないのに無理にくっつけようとしちゃ可哀想じゃん。それにぃ――」

 そこで言葉を区切ると、つけまつげに飾られた目が挑発的なものに変わった。

「アンタもそこまで本気じゃないみたいだしぃ~?」

「ほ、本気だよ!」

 恥ずかしさを押して咄嗟に口から出た言葉だった。

 しかし詩乃はその言葉を待っていたとばかりにニマニマと口角を上げる。

「えぇ~? ウチのこと好きになりそうになってたのはどこの誰だっけぇ~?」

「あれはっ――」

 詞幸は言い淀んでしまう。

 車内のアナウンスが、詞幸たちが降りる駅にまもなく到着することを告げた。

 電車が減速し、反動で体が揺れる。

 壁に手をついて傾いた姿勢を支えると、目の前に詩乃の顔があった。

「ねぇ――」

 優しく囁かれる。

「今度は二人っきりで行こっか?」

 そのイタズラな笑みに耐えられる男はいるのだろうか。

 電車はもう止まろうとしていて、ホームに並ぶようにゆっくりと滑っている。

 なのに、どうして自分の頭はこんなにも揺れているのだろう。

「きゃはっ☆ ほら着いたよっ?」

 開くドアに体を向ける彼女の声は殊更に明るかった。

(ああよかった……また演技かあ)

 詞幸は頭を振ってから、電車のドアをくぐった。

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