第65話 カラオケにて⑦ 男のサガ
「ねぇ、詩乃ちゃん」ちゃっかり普通のオレンジジュースを飲んでいた御言が尋ねる。「詩乃ちゃんは受付も手馴れていましたしリモコンの操作もとても早いですよね。カラオケに慣れているように見受けられますけれど、よく来ているのですか?」
「う~ん、まぁ最低でも月2は来てるかなぁ」足を組み替えて詩乃は答えた。「お金もないしお酒も飲めないウチら高校生にとっちゃ、合コンなんてカラオケでやるしかないし~。個室使えるうえに料理とか飲みもんのコスパ考えたら最&高だしねぇ~。しかも合コンだと男子が多めに払ってくれたり、大学生とか相手だと全額持ってくれるのが当たり前だから誘われたら基本行くし」
この詩乃の回答に、その左に座る愛音は「はっ」と嘲笑を滲ませた。
「そんだけ何度も何度も合コンに参加してるってのに未だに男をものにできてないってことだろ?」
「はぁ? できないんじゃなくてしてないだけだしっ。ウチが本気になれるような男子がいないからカレシがいないだけだからっ。いい? ウチはその気になれば誰だってオトせんだからねっ?」
「はっ、どうだか。口だけならなんとでも言える」
やれやれ、と肩を竦める。詩乃はこの態度にムッとなった。
「だったらウチのテクで詞幸をオトしてみせるから。今日帰るまでに」
「俺? いやいやいや俺だってそんなチョロくないよ」
なにせ愛音に恋しているのだ。いまさらほかの誰かに靡くなんてあり得るはずがない。
「ウチのこと好きになるのが怖い……? それともウチと仲良くなるのイヤ……?」
「そういうわけじゃ……」
常の高圧的な態度が減退したような問いに、詞幸はどう答えたものかと口篭った。
彼は気づいていないが、詩乃による攻略は既に始まっている。声のトーンが普段よりも高くなっているのだ。いわば猫かぶりモードである。
「じゃあいいじゃんっ。詞幸は別に何もしないでフツーにしてればいいから、ね?」
返答を待たずに、詩乃は詞幸ににじり寄ってその身を密着させた。
「ほわあっ!? 近いよっ、ていうかくっつきすぎでは!?」
「きゃはは、照れてる照れてる~っ☆ こんなの合コンじゃデフォだってぇ~」
「て、照れてないしっ」
誤魔化すように御言特製の謎ドリンクを口にする。
「あっ、それなに飲んでんのぉ? 変わった色してるけど――ウチにもちょーだい?」
「え、でもこれ俺がもう口つけちゃって――」
「いいからいいからぁ~。ウチ間接キスとか気にしないしぃ~」
詩乃はグラスを奪い取ってストローを咥えてしまった。
不覚にも詞幸はその唇を強く意識してしまう。
照明の淡い光を受け、ラメ入りのリップグロスがキラキラと輝く。
「ひゃ~、これまっず! よくこんなん飲めんねぇ~?」
一口飲むと詩乃はころころと笑って詞幸の肩にしな垂れかかった。
(こ、こんなのはただの演技。演技なんだから――)
「うぅ~ちょっとトイレ~」
詩乃が詞幸の足を跨ぐようにして前を通ろうとしていた。膝を上げると短いスカートから太ももが覗く。その際、中の布地が一瞬見えてしまい、詞幸はすぐさま視線を逸らした。
(ヤバッ、ピンク!)
これが詩乃の作戦の一環である可能性は重々承知している。
しかし、脳裏に焼き付いた光景は簡単に離れない。彼女に対する胸の高鳴りを抑えられない。
(平常心を保つんだ。惑わされちゃだめだ――)
その後も、詩乃とデュエットして手をつないだり、さりげなくボディータッチされたりと、詞幸は様々な攻撃を受けていった。
(俺は愛音さん一筋なんだから――)
「はい詞幸、あ~~~ん」
「あ~~~ん」
カシャッ。撮影音と共に口の中にフライドポテトが入ってくる。
「ほら見てこれ、今日イチじゃな~いっ? きゃはははっ☆ 詞幸の顔おかしぃ~!」
「ははははっ、ほんとだっ。俺こんな顔してたんだ!」
心底おかしそうに二人は笑う。そして、そんな彼らを冷ややかに見つめる瞳があった。
「…………月見里くん、最っ低……」
「………………………………………………………………………………え?」
吐き捨てるようなその言葉が季詠から発せられたものだと気づき、詞幸は我に返った。
周りを見渡すと、他の面々にも同様に冷ややかな眼差しを向けられていた。
「……………………」
詩乃のスマホに視線を戻す。画面の中では、見慣れた顔の男がだらしなくニヤついていた。
「うわあああああ~~~~~ッ! 俺はなんてチョロい男なんだあああああ~~~~~ッ!」
「女の子なら誰にでもコロっといってしまうお馬鹿さんなんですね」「キャバクラにハマるやつってこんな感じなんだろうなー」「デート商法で高い絵を買わされる阿呆みたいだな」
慟哭して頭を抱える詞幸に、辛辣な言葉が深々と刺さった。