第64話 カラオケにて⑥ ぴょんぴょん
「ふー、あっつー。歌うだけでも結構カロリー消費するよなー」
席に戻ると愛音がブラウスの2番目までボタンを外し、パタパタと空気を取り込んでいた。
油断だらけなその光景は、詞幸にとって極めて煽情的なものだった。
(うわ、うわうわうわこれヤバいって……!)
しかし愛音はそんな健全な男子高校生の心中は知らず、涼しそうな顔をして、
「さてさて、使ったカロリーはちゃんとから揚げで補給しておかないとなー」
舌なめずりしながら皿に手を伸ばす。
「こーら、さっきから油ものばっかり。もっとサラダも食べないと駄目じゃない」
「ぶー、なにお堅いこと言ってんだよ、キョミー。カラオケは宴だぞ、宴。飲めや歌えやの乱痴気騒ぎをするのが礼儀ってもんなんだぞ。健康のことなんかいちいち気にするなよなー。それにアタシはこれからボンキュッボンになる女(予定)なんだから食べすぎくらいがちょうど――あれ? アタシのから揚げは?」
さきほどまでそこにあったのに、伸ばした手の先にある皿には付け合わせのレモンとパセリが載っているだけだ。
しきりに「あれー?」と言いながら、きょろきょろテーブルの上を見回す。
「愛音ちゃん、お探しのものはこれですか?」
と、声がした方を見やった。
「ミミ! それは!」
そこには、から揚げが刺さったフォークを持って立ち、なぜか「月に代わってお仕置きよ」のポーズをする御言の姿があった。
「最後の一つはわたくしがいただきました。どうしても欲しいのなら、力づくで奪い取って見せるのです!」
そして、芝居がかった口調でフォークを高く掲げる。
「よくもアタシのから揚げを!」
テーブルとシートの間を織歌と季詠の足を避けて駆け抜け、一瞬で御言に肉薄する。
しかし届かない。手を伸ばしても、彼我の身長差は無常な現実を叩きつけるだけだ。
「くっ、卑怯だぞ! アタシがロリロリだからって! アタシのから揚げを返せ!」
「うふふふ、喚いても無駄ですよ。悔しかったら捕まえてごらんなさい♪」
狭いカラオケボックスの室内で、舞うように逃げる御言とそれをピョンピョンと跳ねながら追う愛音。
「はい、詞幸くん。パスです!」
それは唐突だった。急にフォークを渡され、慌てた詞幸はとりあえず立ち上がった。
「え、俺どうすればいいの!?」
「今度の相手はふーみんか! クソッ、ミミよりもさらにデカい!」
訳もわからず咄嗟にフォークを持った右手を上に挙げると、愛音はそれを奪い取ろうとぴょんぴょん跳ねる。
愛音にこのまま渡してしまった方がいいのではないか。詞幸はそう考えたが、その考えはすぐに雲散霧消した。
気づいたのである。この状況の価値に。この光景の尊さに。
「うがー! こんのー! 届けー!」
愛音が自ら体を摺り寄せ、跳ねながら、吐息を感じる距離まで顔を近づけてくるのだ。
(愛音さんの顔が近くに! かっわいいいいいいい! やばい口が勝手ににやけてくる!)
さらに。今後の成長を期待してか、愛音は少し大きめのサイズの制服を着ており、加えてブラウスのボタンを二つ目まで外している。跳ねるたびに白い素肌があらわになり、緩い胸元からその中が覗けそうになってしまっているのだ。
(さすがAAAカップ、ブラしてないんだ! あ、あ、あとちょっとで見えそう――でも見えない! ――はっ。ああ駄目だ駄目だこんなことをしちゃあ。でも……でも見たい!)
と、そのとき。
「あ……」
ポロっと。
フォークの先からから揚げが落ちた。そしてそれは、あろうことか、愛音のざっくり開いた胸元から服の中へ――正確にはキャミソールの内側へと吸い込まれていったのだ。
「ひゃうぅっ」
か細い声と共に愛音が飛び上がる。
「な、え、嘘っ、中に入った!? うぅ、変な感じするぅー!」
ジタバタしながら、胸元から服の中に手を突っ込んで取ろうとするがうまくいかないらしい。
「あーもう面倒だ! 脱ぐッ!」
スカートに入れていた裾を引っぱり、ぺろんとめくった。
「うわっと、と」
その拍子に飛び出たから揚げを、詞幸は片膝を突き、両手をお椀の形にしてキャッチした。
「やったよ愛音さ、ん――」
顔を上げると、鳩尾のあたりまで服をめくった状態の愛音と目が合った。
無駄な肉のついていないお腹は、直接触れずとも見ただけですべすべなのだとわかる。
詞幸はその健康的な艶めかしさにすっかり見蕩れてしまった。
図らずも恭しく捧げものをするかのるような体勢で固まる。
「~~~~~~~~っ」
頬を赤らめた愛音はその掌から、から揚げをむんずと鷲掴みにしてそのまま口へ放り込み、恥ずかしさと一緒に飲み下したのだった。