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第63話 カラオケにて⑤ 愛の味

 トイレから戻ってくる途中、喉の渇きを覚えた詞幸(ふみゆき)はドリンクバーに寄ることにした。

 そこには先客がいた。

「皆の分も()いでくれてるんだ。俺も手伝うよ」

「あっ……」

 隣に立つと、まるで仕掛けている途中のイタズラが見つかった子供のように、御言(みこと)はバツの悪そうな笑みを浮かべた。

「詞幸くん……」

「……上ノ宮(かみのみや)さん、もしかしてやっちゃった?」

 ドリンクバーで複数の飲み物を配合してオリジナルのゲテモノドリンクを作る、というのはある意味お約束である。

 並んだグラスのいくつかには既に不思議な色の液体が満たされていた。これらはつまり、完成した作品ということだろう。

「ち、違うんですっ。わたくし、お友達と寄り道するのも初めてなら、カラオケに来るのもドリンクバーも初体験でしてっ。それで――」

「上ノ宮さんって意外と子供っぽいところあるんだね」

 いつも澄ました顔でからかってくる御言にしては珍しい取り乱し方だったため、そんな意地悪を言ってみる。

 すると御言はぷくっと頬を膨らませた。

「子供っぽくなんてありません! 若者らしく、ついついテ、テンアゲというか、よいちょまる? な感じになっただけです!」

「無理して若者言葉使わなくていいからねっ?」

 詞幸が指摘すると、御言は少しばかり紅潮し、誤魔化すように髪を撫で始めた。

 そして、気を取り直したように「ところで」と口にした。

「詞幸くん。好きな動物はなんですか?」

「え? この流れでなんの質問?」

「まぁまぁ教えてくださいな」

 先ほどまでの狼狽を感じさせない、落ち着いた声に戻っていた。

「……イルカだけど」

「イルカですか。イルカ――哺乳類。乳。ではミルクティーをベースにお作りしますね?」

「うわあ、そう来るかあ……」

 ドリンクディスペンサーのボタンを押し、グラスにとぽとぽとミルクティーを注いでいく。今度はそこにコーラをブレンドし始めた。

「コーラの割合の方が多くない?」

「うふふっ、この方がドラスティックでインフェルノな味になるのですよ?」

「修飾語が不気味!」

 その後もいくつかの飲み物をブレンドし、ついに詞幸のための作品が完成してしまった。

「はい、どうぞ。早速グイっといってください♪」

「…………凄いね、喉渇いてるのに全然飲みたくならないよ」

 率直な感想を述べると、御言はスカートの裾を握って声を震わせた。

「そんな……頑張って作ったのに……ぐすっ……わたくし、悲しいです…………」

 もちろん嘘泣きである。

「飲んでくれないのですか……? こんなに愛を注いだのに……」

「上ノ宮さんの愛は随分とおぞましい色をしているね」

 どぶ川もかくや、という色合いだった。

 炭酸の気泡が、川の底から湧いてくるメタンガスのようにも見える。

「女の子の愛は純粋なだけではないということですよ。単純な好きという気持ちだけではなく、嫉妬もすれば嫌ったり憎んだりもします。慈しみも落胆も同時に存在しますし、束縛したいと思えばときには遠ざけたいとも思うものなのです。そんな清濁併せ呑んでこそ、人としての器の大きさ、懐の深さを示せるというものですよ?」

 グラスをずい、と差し出した。

「さぁさぁ、早くこの『君想う月夜のせせらぎ』を飲んでください」

「名前だけはやたら綺麗だね」

 実態はどぶ川だが。

 しかし、ここで退()くのも男らしくない。詞幸は意を決して一気に(あお)った。

「んぐっ!」

 口の中が味覚の暴風雨に晒される。素材のそれぞれが自己主張をし合い、舌の上をジュースの甘みとコーヒーの苦みが転がっていく。慎重に嚥下すると、鼻から炭酸が抜けるのと同時に果実味と紅茶の香りが鼻腔を蹂躙した。

「け、結構なお手前で……」

「はいっ、お粗末様でした」

(まっずうううううううううううううぅぅぅぅぅぅッ!)

 そう思いながらも、愉快そうに笑みを浮かべる御言を見て、自己犠牲の価値はあったのだと自分を言い聞かせるのだった。

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