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第60話 カラオケにて② 攻防戦

 カウンターで受付を済ませ、廊下から部屋の中に入るまで、詞幸(ふみゆき)は周囲に警戒しながら愛音(あいね)の後ろを死守していた。

 その理由は。

(なんとしても愛音さんの隣に座りたい!)

 どんなときも好きな人の隣にいたいというのは当然の心理。ましてや今日はカラオケなのだ。楽しい時間をすぐ近くで共有したいという気持ちは常より強くなる。

 詩乃(しの)を先頭に、愛音、詞幸と部屋に入っていく。このまま進めば、愛音のすぐ後ろにいる詞幸は目的を達成できる算段だ。

 四角い部屋の奥には『コ』の字型のシートが据えられていた。その中央にテーブルが置かれている。

 詩乃がテーブルに伝票を置き、列の先頭から離脱したときだった。

「まぁっ、これがカラオケボックス! 本当に箱のようなお部屋なんですね! あっ、あれはなんでしょう!」

「おっ、ミミのテンションがさっそくぶち上がりだな」

 感嘆の声を上げる御言(みこと)に釣られ、『コ』の下側からを奥に進もうとしていた列から愛音が外れた。

(な!? そっちに行っちゃだめだ愛音さん! 計画が狂う!)

 このままではいけない。詞幸は振り向き、あとを追おうとする。だが、

「こんなところで立ち止まるな。後ろがつかえるだろう。さっさと行け」

 織歌(おるか)に睨まれ、先に進むことを余儀なくされてしまう。

(くっ、なら急いで反対側から抜けるまでだ!)

 シートとテーブルの隙間を早足に進む。

「ん、しょっと」

 その先で、タブレット型端末を手にした詩乃が鞄を放り投げ、ドカッと腰を下ろした。

(ああっ、そんなあっ!)

 閉じ込められた形になってしまい、身動きも取れず立ちつくす。気持ちは右往左往しているのだが、できることもなく、周りに倣ってしかたなく座った。

 現在、詞幸は『コ』の字の右辺の上側に座っている。その右側に詩乃、左隣に織歌、そのさらに奥に季詠(きよみ)という並びだ。両端の席が空いており、ここに勝機を見出すしかない。

 御言は見るものすべてが珍しいようで、無邪気にカラオケ機を食い入るように見つめている。愛音はそれを説明していたのだが、「とりまなんか食べる?」という詩乃の提案に反応し、テーブルに駆け寄ってきた。

「から揚げ! から揚げあるよな! ないわけないよな!」

 テーブルに手をつきながらピョンピョン跳ねる。

「おっけ、から揚げねぇ――ほかは?」

 慣れた手つきで端末を操作すると、愛音は画面を覗き込もうと詩乃の隣に座った。

(! これならなんとかなるかも!)

 やがてメニューの注文が終わったところで、詞幸は口を開いた。

「あの……ほんと申し訳ないんだけど、俺トイレ近いから奥の席じゃなくて端の席に移らせてくれない?」

「おいおい、なんだよふーみん。高校生にもなって小学生みたいなこと言うやつだなー」

 呆れながらも愛音は腰を浮かせた。これで愛音と詩乃の席が1個奥にずれ、詞幸は愛音の隣に座ることができる。が、

「ちょうどアタシも奥の席が良かったところだ。交換してやろう」

 予想外の展開に狼狽する。それでは位置関係は変わっても、二人の距離は変わらないのだ。

「ええっ? ちょっとそれは都合が悪いっていうか……」

「はー? お前が端の席がいいって言いだしたんだぞ? なに言ってんだ? いいから席代われよー」

「う、うん。ごめん……」

 愛音をこれ以上不機嫌にすることはできない。詞幸は渋々席を交換した。

 しかし詞幸は諦めの悪い人間だった。

 すかさず愛音との間に座る詩乃に話を振る。

縫谷(ぬいや)さん、もしかして端の席が良かったりしない?」

「別にぃ~。むしろウチ両隣に誰かいる方が楽しいんだけど」

「そ、そんなこと言わないでさ。ほら、この席の方がゆったりしてていい感じだよ? 交換しない?」

 詞幸は腰を上げて催促する。

 すると詩乃はチッと舌打ちし、眉を吊り上げて睥睨した。

 その顔は冷たい怒気に溢れ、侮蔑の色が濃く表れていた。

「詞幸マジウっザい! おすわり!」

「俺、犬じゃないよ!」

「お・す・わ・りッ!」

「きゃうん……」

 あまりの威圧感に、詞幸は弱々しい鳴き声と共に小さくなってしまうのであった。

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