第5話 弁当奉行
いただきますもそこそこに、
「よし、じゃあ箸をつける前におかず交換といくか」
愛音が本来の目的を切りだした。
「どれどれ今日のおかずはーっと」
身を乗り出して、愛音は獲物を物色するように季詠と詞幸の弁当を覗きこむ。
愛音の弁当はメインに鶏の唐揚げを据え、卵焼きやサラダが彩りを添えるオーソドックスなものだ。星形にくり抜かれた人参や柄の部分が猫の形をしたピックなどが、可愛らしさを演出している。
季詠の弁当の中身は一目で健康志向とわかるもので、十六穀米にきんぴらごぼう、ほうれん草のおひたし、かぼちゃの煮物といった野菜中心の献立だ。肉っけは少なく、野菜炒めの中に僅かに豚肉があるのみで、栄養摂取のために必要最低限入れたという印象を受ける。
愛音は右手に構えた箸をカチカチと鳴らして、ふんふんと頷きながらそれらを一つ一つ吟味していく。
「こら、箸を鳴らすのをやめなさい。お行儀が悪いわよ」
「ぶーぶー、キョミはいちいち細かいんだよ~。アタシのママか――おっ、ふーみんは唐揚げ弁当か!」
円らなその瞳に輝きが増した。
詞幸の昼食はコンビニ弁当特有の、カロリー摂取に特化したような代物だった。一口では食べきれないサイズの唐揚げがゴロゴロと存在感を主張し、サラダと漬物が申し訳程度、隅に追いやられている。
「お~、じゅるっ、美味そうだな~」
涎を拭うのを隣で見ていた季詠が「はしたないわよ」と言い咎めるが、愛音は意に介さぬ様子でじっと唐揚げを凝視する。
その仕草にひまわりの種を見つめるリスを幻視して心高鳴らせた詞幸は、
「愛音さん鶏の唐揚げ好きなんだよね?」
と確認しながら、その返答を待たずに箸を動かしていた。
彼の弁当の中で一番大きな唐揚げを、愛音の弁当に元々ある唐揚げの上に乗せる。
「おおっ、唐揚げ・オン・ザ・唐揚げ! なんて素晴らしい光景なんだ! ふーみん、お前いいヤツだな! よし、アタシは代わりにこのトマトをやろう!」
ニカッと歯を見せて喜色満面の愛音に、
(あ~~~~~もう、可愛いな~~~~~~~~~~~~~ッ!)
詞幸は自制心を失ったふやけた顔になった。
だが、そんなある種幸せな光景を冷たい声が引き裂く。
「ねえ、月見里くん。なんの考えもなしに愛音に食べ物を与えないでくれる?」
「なっ――? なんだよアタシは餌付けされた猿かッ?」
声の主である季詠に向けて愛音が言い返す。しかし季詠はそれには答えず、
「そんなに油物食べたらお肌荒れちゃうでしょ? 私が少しもらうわね。月見里くんもコンビニのお弁当だけじゃ栄誉が偏っちゃうから野菜も食べないと。トマトはリコピンが含まれてるしビタミンもCとEが豊富だから愛音もちゃんと食べてね。でも二人で分けて食べると摂取量が足りないから代わりに私のかぼちゃも食べて? かぼちゃにもビタミンCとEがたくさん含まれてるの。あ、あと食物繊維も忘れちゃいけないわよね。そんなときはきんぴらごぼう。ごぼうは栄養価がそんなに高くないんだけどとにかく食物繊維が豊富なの。食物繊維には整腸作用とコレステロールの吸収抑制効果があるから油ものを食べるときには最適よ。それから人参には――」
解説を交えながら高速で箸を走らせた。
残された二人はその様をただ茫然と見つめるしかない。
やがて――
「ふう。これでよしっと」
季詠は満足気に息を吐いた。
「栄養バランスは完璧に整えたわ。さ、いただきましょ?」
「う、うん…………」「そう、だな…………」
詞幸と愛音の前には、綺麗におかずが振り分けられ、リニューアルされた弁当があった。
三つの弁当の中身に大きな差異はない。
(アタシの唐揚げが盗られた…………)