第58話 あいつらは勉強ができる
「あぁもうほんっとマジでテストやだぁ~……」
詩乃はシャーペンをノートの上に放り投げた。コロコロと転がってノートからこぼれていく。
「いまだけでいいから試験もなんにもない妖怪になりたいよぉ」
だらんと両腕を下げると、全身の力と共にやる気も抜けてしまったようだ。現実から逃れるように窓の外に視線を移してしまう。
「もう、詩乃までアニメに影響されないで。周りが怠けると愛音まで怠けるから」
季詠が睨みを利かせた。
7月に入ると第1週目にはもう期末テストだ。残された日数はあと十日程度しかなく、普段からコツコツと勉強している者もそうでない者も、等しく焦りを感じ始める時期である。
普段からこれといった活動をしていない話術部は時間の使い方も自由だ。そのため、今日はみんなでテスト勉強をしてわからないところは教え合おう、となったのだ。
しかし、詩乃は集中が持続せず、30分もしないで飽きてしまっていた。
「だってもう夏だよ? 勉強なんてしてないで夏休みの計画でも立てた方がよくない?」
「でも縫谷さん、中間は赤点ギリギリだったって言ってたよね? 補習になったら夏休みどころじゃないんじゃない?」
「ぐっ……詞幸のクセにうっさい!」
と噛みつきながらも詞幸の言葉が効いたのか、詩乃は再び背筋を伸ばした。
「テストのときくらい勉強しておかないと二学期以降ついていけなくなるぞ――って早速飽きるな!」
織歌は呆れ返ってしまう。勉強を再開するのかと思いきや、詩乃が鞄から漫画を取り出したからだ。
「まぁまぁ、ちょっとした息抜きだから。遊びも勉強もメリハリが大事っしょ?」
「勉強してないやつが吐く台詞じゃないだろ。お前は自分の置かれた状況を理解できてないだけだ」
「落ち着けルカ。しののんは漫画のおバカキャラみたいなポジションだからな。相手をするだけ無駄だ、諦めろ」
愛音は可哀想なものを見る目を詩乃に向ける。
「はぁっ? ウチ、おバカキャラじゃないし!」
「そうだな、縫谷をおバカキャラと一緒にするのは間違っている」
「コジャっち……」
思わぬ形で助け舟が出され、詩乃は友情の温かさを感じた。
「漫画のおバカキャラたちは勉強ができるはずだ。明言されていないだけで、学校のレベルが高いから相対的に馬鹿に見られがちなだけだと考えられる。創作上の存在とはいえ、こいつなんかと一緒にしては失礼だろう」
「ウチのフォローじゃないの!?」
織歌は詩乃を無視して続けた。
「どんなジャンルの漫画でも、高校を舞台にしているならば、大人顔負けの発明をしたり妙な二つ名で呼ばれる天才キャラたちが高い割合で出てくる。そんなやつらが偏差値50程度の学校に通っているわけないだろう。最低でも65以上の偏差値でないとリアリティーがない。ほかにも一流企業のご令嬢や旧財閥の御曹司といった定番のお金持ちキャラが出てくることが多いが、まともな教育も受けず、裏口入学もせず、そこらのありふれた学校に入るわけがない。逆説的に、そういったキャラが出てきた場合その学校は進学校と判断するべきということだ」
「お金持ち……」
織歌の解説を受け、皆の視線が御言に集まる。
当の御言はダブルピースでおどけるのだった。
「いえーい、定番のお金持ちキャラでーす。便利なお財布役でーす。ピースピース」