第44話 顧問のお仕事①
いつものように話術部に顔を出した詞幸は、ふと疑問に思った。
「そういえば顧問の先生ってどんな人なの?」
ここに来るようになって1週間になるが、その姿を見たことは1度もない。あくまで伝聞でその存在を知るのみだ。
大きな目標を掲げて活動している部活ではないし、別に来なかったとしても支障はない。だからこれはただの興味本位の発言だったのだが、この質問は織歌に質問によって返された。
「お前、調先生に会ってないのか? 入部届はどうしたんだ?」
「あっ……」
部活動をするには入部届にクラスと名前を書いて顧問に提出しなければならない――
そんなシステムがあったことを、詞幸はようやっと思い出した。
「きゃははっ、詞幸ってば入部届出し忘れてたん? それなのに部室に入り浸ってるなんてアホっぽーい! もう何回来てんだよ、って話じゃない?」
ニヤニヤと笑いながら詩乃が顔を覗き込んでくる。
「どどどどうしようっ、入部届出さないで活動してたって知ったら先生怒るかな!?」
慌てふためく詞幸だったが、愛音が「落ち着け」と声をかけた。
「安心しろ、ふーみん。顧問のさゆりんはな――――めっちゃおっぱいデカいぞ」
「いまその情報いる!?」
「重要な情報だろう! だってキョミよりもおっきいんだぞ!?」
「怒られるか心配なだけなんだけど!?」
「はいはい、お話はそのくらいにしてください」御言が手を叩いて話を中断させた。「大丈夫ですよ、詞幸くん。ユリちゃんはそんなことで怒りませんし、そもそも顧問としての職責を全うしていない彼女が悪いのです。部室に来てくれていれば、事情を話して入部届を提出できたでしょうに」
残念そうな口調とは裏腹に御言は満面の笑みで言った。詞幸はなぜだかその笑みに薄ら寒いものを感じてしまう。
「これ以上甘やかすのはいけませんね、本人のためにもなりませんから。では、すぐに来ていただきましょうか…………あっ、ユリちゃん、御言です。すぐ部室に来てくれませんか? はい、大至急で。ええ、お願いしますね」
ピッ、と通話を終了させる御言。その光景に、詞幸は呆気にとられてしまった。
「いやいやいや、いくらなんでも先生を電話一本で呼び出すなんてそんな――」
「お待たせ御言ちゃん!」
「ホントに来た!? はっや!」
部室に飛び込んできたのは、スーツ姿の女教師だった。
彼女の肢体は、脚からタイトスカートで包まれた腰回りにかけて美しい弧を描き、そこから丘陵のごとき豊かな胸元へと淀みなく流麗なラインを形作っている。
激しく肩で息をしながら乱れた髪を整えると、そこから現れたのは端正な細面。表情には色濃い疲れが見て取れるが、その中にあってなお、凛然とした眼差しが光を放っていた。
「彼女が話術部の顧問、調紗百合ちゃんです」
荒い息を上げる彼女に代わって御言が紹介した。
「はぁっ……あれっ……はぁっ……男の子……?」
初めて見る男子生徒の姿に疑問符を浮かべつつも誰何する余力はないのか、紗百合はすぐに背を向けてドア横の壁に手をついてしまった。背中を丸めて、必死に呼吸を整えようとする。
その苦悶に歪む表情を見て心配になった詞幸は、思わず立ち上がり「大丈夫ですか?」と声をかけた。
「なにも、そんなに急いで来なくても良かったんじゃないですか?」
「ダメっ……なのっ……はぁっ……あたし……っ……あの子に……はぁっ……逆らえないから……っ」
「ああ、それじゃあ仕方ないですよね……」
詞幸は短いやり取りの間に親近感を抱き、同情してしまった。