第42話 お見舞いに行こう
部員たちが揃い、愛音が季詠の病欠を伝えると御言はこう提案した。
「それでは皆で季詠ちゃんのお見舞いに行きませんか?」
胸の前で両手を合わせて小首を傾げる。その声はウキウキと弾んでいた。
「ききっぺのお見舞いねぇ……」
「はいっ。最近、漫画やライトノベルと呼ばれる本をよく読んでいるのですが、様々な作品で登場人物の中高生たちがお見舞いをしていまして――」
詞幸はその視線の先を辿る。部室の隅に設えてある本棚には先般まで話術部の活動記録や専門書などが並んでいたが、今は誰が持ち込んだのか文芸書から週刊漫画雑誌、果ては『ウォーリーをさがせ!』まで、娯楽に偏った本が収められていた。
「時に寂しい思いをしている友人を励まし、時に想い人との関係を深める契機となる。これぞ等身大の若者たちが謳歌する青春だと、とても羨ましく思ったのです」
熱っぽく語る御言だったが、その熱は周りに伝わらなかったようである。
「あ、あれ? わたくし、おかしなことを言ってしまいましたか?」
「フツーはそこまでしなくない? ただの風邪で休んでるんしょ?」
「ああ、そう聞いてる。――あれは創作の中だから許されるもんなんだよなー……屋上で弁当食べるのと同じで、現実でやるようなもんじゃないというか……」
「空気感染する病気だとなおさらねえ。俺もお見舞いって行ったことないや」
「わたしも反対だ。作り話の中なら小綺麗な身なりで応対もできるだろうが実際は違う。入浴もままならないような状態で顔も洗えてないかも知れない。髪はボサボサで唇はガサガサ、そんな状態を友人――同性にも見られたくないというのに異性まで、となっては帯刀が不憫だ」
「そうですか……そうですね、わたくしが浅はかでした……」
御言はしょんぼりと俯いてしまう。御言が落ち込んでしまうことは珍しく、少し言い過ぎてしまっただろうか、と皆が顔を見合わせる。
その空気を変えようと、詩乃は殊更冗談めかして織歌に話を振った。
「でもでもぉ、彼氏がお見舞いに来てくれた嬉しくな~い? いつもは素直になれなくても、病気のときは弱ってるフリして甘えちゃったりしてぇ~?」
隣に座る織歌を肘で小突く。詩乃としては、ここで「そ、そんなことしない!」と織歌が赤面でもしてくれれば場が和むと思ったのだが、
「ふん。そんなことしない……するわけないだろ……」
鼻で笑われ、目つき鋭く睨まれてしまう。
「あれぇ~? ウチなんか地雷ふんじゃったぁ……?」
「はっ、別にそんなんじゃない。ただ、まだ付き合い始める前だったが、アイツが風邪の見舞いに来たことがあったんだ」
当時の怒りが蘇ったのか、聞いてもいないのに織歌は滔々とまくし立てる。
「わたしは見せられるような顔じゃないから会いたくなかったんだが、昔からの付き合いだからと母さんが勝手に家に上げてしまったんだよ。だからわたしはアイツに言ったんだ。『お前にこんな顔は見せたくない。恥ずかしいから帰ってくれ』とな。そうしたらアイツは――」
昂った気持ちを落ち着けるように、一呼吸置いてから再び口を開いた。
「『織歌の顔がどうなってても俺は気にしないぜ』って抜かしだんだよ! 言いたいことはわかる。わかるが、言葉選びが絶望的に下手すぎる!」
「あぁ~、それだとコジャっちの顔になんて興味がないって聞こえちゃうもんね」
「そうだ。当時はわたしも青かったからな、頭にきて一か月は口をきいてやらなかった」
「……なるほど、つまり女の子が病で臥せっているときにお顔を見るのは失礼ということですね?」
得心がいったように御言は頷いた。
「では詞幸くんが病気のときにお見舞いに行くことにしましょう。詞幸くん、いつでも病気に罹っていいですからね? バンバン寝込んでください、わたくしはウェルカムです」
「なんでそういう話になるの!?」
論理の飛躍に釈然としない詞幸であった。