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第41話 織歌の相談室

 織歌(おるか)が部室で一人小説を読んでいたところ、愛音(あいね)がやって来た。

「おっすルカ」

「ああ、小鳥遊(たかなし)か。ん? お前一人か?」

「あー、ふーみんは日直で、キョミは今日学校休みだ。風邪ひいたんだと」

 だからか、と織歌は納得した。元気だけが取り柄のような愛音だが、どことなく沈んだ顔で声にもハリがない。

 愛音は織歌の前に座ると、頬杖をついて憂鬱に広がる梅雨空を眺め始めた。

(さて、どうしたものか……)

 顔は上げずに眼だけで様子を窺う。

 本来、愛音の席はもう一つドア側で、今座っているのは季詠の席だ。元々の席に座っていても窓の外は見えるし織歌との距離もさほど変わらない。会話をするのに支障はないはずだ。

 だが愛音はわざわざ織歌の前に座り、しかしなにを話すでもなくただ視線を外に向けている。

 織歌はこれを、自分になにか話したいことがあるからではないか、と解釈した。そして、なかなか話を切り出せずにいるのだ、と。

(しかし小鳥遊は「話してみろ」と促して素直に話すタイプではないだろう。天邪鬼というか、見た目通り子供っぽい意地を張るところがあるからな)

 人のために率先して動くほど面倒見のいいタイプではない、と自認している織歌だったが、目の前で困っているのかもしれない友人を放置するほど非情でもなかった。

「小鳥遊、ちょっといいか?」本を閉じて傍らに置く。「悩みというわけではないんだが、釈然としないことがあってな、人に話したい気分なんだ」

「ん? ああ、別にいいぞ」

 らしくない行動だと思ったのか、僅かに目を見張った愛音だったが、居住まいを正して正面から織歌を見つめる。

「昨日、朝は曇りだっただろう? だから彼氏――アイツは傘を持ってこなかったんだ。しかし帰りは雨だったからな、わたしの傘に入れてやったんだ。アイツも相合傘だと喜んでいたんだが――」

 惚気話のようで恥ずかしいが仕方がない。胸襟を開かせるためにはこちらが先に開くしかないのだ。

「駅に着くと、アイツは売店で傘を買ったんだよ。『俺のせいで濡れちゃうと悪いから』なんて言っていたが、わたしとしては複雑な気分なわけだ。これ以上相合傘をしなくていいのか、とな」

「あー、それは確かに嫌だなー。だからってそれを指摘するのも面倒な女だと思われそうだしなー」

「まったく、それくらい察しろというのにな。男の考えというのはどうにもわからん」

 自身の恋愛に対する悩みや価値観を語るというのは心の芯を晒すようなものだ、と織歌は思っている。誰にでも見せるようなものではない。そして、それは思春期の男女にとって共通のものであるはずだ。だから、心の芯を晒された相手は、親近感や信頼感を感じることだろう。

 果たして織歌の考えは当たり、愛音はおずおずと「実はアタシも聞いてほしいことがあってな……」と口にした。

「話すだけで楽になることもある。わたしで良ければ聞くし、口外はしないと約束しよう」

「ありがと……実はふーみん……とキョミのことなんだが……」

 ドアの方を見て誰か来ないか気にするそぶりを見せたあと、声を潜めた。

「ふーみんはキョミのことが好きで、十日くらい前に告って、それでフラれてるんだ」

「ほう……?」

「キョミに付く虫はアタアシにとっても敵だが、完全に脈なしでフラれたアイツは最早恐るるに足らない存在。そう思ってアタシはふーみんをこの部に誘ったんだ。アイツ自身は別に悪いヤツじゃないしな。悪いヤツじゃ……」

 なにを思い出したのか、愛音は胸を押さえて眉を吊り上げた。しかし、かぶりを振ってすぐに話に意識を戻す。

「でもさ、自分をフッた相手のいる部活に毎日来るってことは相当未練たらたらだよな。それにアタシ、キョミのこと全然考えてなくてさ。キョミは優しいから全然そんなこと言わないし顔にも出さないけど、フッた男が自分を追って同じ部活に入ってくるのって怖くないか? だからすげー悪いことしたと思って……なールカ、どうしたらいいと思う?」

 愛音は泣きそうな顔で答えを求めた。

「ふーむ、そうだな……」

 織歌は目を閉じて黙考する。

(小鳥遊が語る月見里(やまなし)の人物像がわたしの認識と一致しないな……帯刀(たてわき)が月見里を避けているという風にも見えないし……考えられるのは勘違い、錯誤……わたしか、それとも……ああ、そういえば昨日――)

 頭の中で、情報不足という欠落を残したままにピースが嵌っていく。そうして想像で出来上がった未完成の絵図は、傍から見る分には滑稽なものだった。当人にとっては深刻だろうが。

「心配するな。昨日LINEでちょっとやりとりしたんだが、帯刀も月見里のことは友人だと思ってるよ。アイツは人を上辺で判断するような人間じゃないだろう? 本質を見たうえで帯刀自身が決めたことだ。お前も、友人としてその判断を信じてやれ」

 雲が晴れたように愛音の表情がパァッと明るくなった。

「お、おう! ありがとな! いやー、ほっとした。ルカに相談して正解だったな!」

 このくらいの嘘なら許されるだろう。もちろん季詠には報告しておく必要があるが。

(同情するよ月見里。人のことにこれ以上口は挟む気はないが、まぁ頑張れよ)

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