第38話 この人ならやりかねない
「もうそろそろ帰る時間ですね」
御言の一言で皆が時計に目を向ける。雨空に太陽が隠されているせいで時間の感覚が狂っていたが、もう10分もすれば下校を促す放送が流れる時間だ。
「じゃあもう今日はこのへんでお開きだな」
「片づけて帰る準備をしましょう?」
愛音と季詠が立ち上がり、ほかの面々も腰を浮かしかけたとき、ただ一人だけ、深く腰掛けたままの御言が不穏なことを口にした。
「それでは帰る前に、折檻の時間にしましょうか」
ビクリ、と詩乃の肩が跳ねる。表情は強張り、唇は堅く真一文字に結ばれていた。
折檻――詞幸にとっては活字の中で目にしたことがあるだけで、日常生活では実際に聞いたことのない単語だった。しかし話術部に入ってから耳にしたことが妙に頭に残り、最近その意味を改めて調べたのだ。
曰く、厳しく戒めること、あるいは懲らしめるために体罰を与えること。
詩乃の反応から、後者の意味で使われているということは想像に難くない。
「あらあら詩乃ちゃん、逃げちゃだめですよ?」
顔をドアの方に背けた詩乃の腕に、御言は自身の両腕をガシッと絡めることで逃亡を阻止した。
詩乃は振り返らずに必死の抗弁を試みる。
「そ、それって部室掃除を休んだの怒ってるんしょ? あんときは用事があってしゃーなかったんだしぃ、それにちゃんとLINEしたんだからよくない?」
「やむをえない事情があれば、仕方がない、で済みますが……でもあのとき、合同コンパなるものに行っていたのですよね?」
「はぁ? そんなワケないし。デタラ――」
「デタラメじゃないだろ。アタシのクラスメイトから証言はとれてるんだぞ。お前と一緒に合コンに参加したっていう女からな」
「くっ……あんの裏切り者ぉ!」
にひひ、と嘲る愛音を通してここにいない誰かを睨む。しかしそうすることに意味はないと悟ったのかすぐに目線を戻し、苦虫を噛み潰したような顔になりながらも、さらなる反駁を行う。
「でもそれならコジャっちだって同罪じゃん! コジャっちも掃除のときサボったって聞いたよ? ウチだけみーさんの折檻受けるのは不公正っしょ!」
「織歌ちゃんなら、その日は風邪をひいたご家族の看病だったようです」
「そんなの嘘かもしんないじゃん!」
「いいえ、嘘ではありませんよ」
「クラスメイトに確認でもしたってのっ? そいつにも嘘ついたのかもしんないじゃん!」
「そんなことする必要ありませんよ。嘘かどうか、わざわざ家まで行って確認したのですから」
「「「「「えっ…………」」」」」
絶句。御言を除く全員が凍ってしまったかのように動きを止めた。
「まぁまぁ、皆さん嫌ですよ、本気にしてもらっては。こんなの冗談に決まっているじゃないですか。うふふっ」
「は、ははっ、そうだよな、住所だって教えてないんだから、うちに来られるワケないよな……ははっ……」
青ざめた織歌が発する乾いた笑いが、雨音と混じり合って消えていった。