第35話 副部長の素顔
詞幸と愛音と季詠が他の部員が集まるのを待っていると、ドアがスライドし、一人の少女が入ってきた。
入学案内のパンフレットに載っているかのような、学校指定の鞄に校則の規定通りの制服姿。自身を飾り立てるような、あるいは個性を示すようなものは一切身に付けていない。
「おっ、ルカが来たか」
「ああ、小鳥遊、この前は掃除に出られなくてすまなかったな。帯刀も、迷惑をかけた」
セミロングの髪をかき上げながら彼女は視線を滑らせる。冷ややかな双眸に捉えられ、詞幸は僅かに肩を縮こまらせた。
「織歌、彼が新入部員の月見里くん。彼が手伝ってくれたおかげで部室掃除も楽に済んだの。皆のために可愛いクッションも用意してくれて」
そうか、と小さく頷き、少女は体を詞幸に向けた。
「わたしは古謝織歌、1-Fだ、よろしく。一応副部長ということになっている。備品の提供に感謝する」
無表情のままなされた自己紹介は淡白で、あまりにも事務的だ。
織歌はドアを閉めると詞幸に特段の興味も示さず後ろを通り過ぎた。
そこが定位置なのだろう、右奥の席に着き、鞄から取り出した文庫本を広げる。不織布のブックカバーには飾り気がなく、書店のロゴが入っていた。
「お、俺は月見里詞幸。愛音さんたちと同じB組なんだ、よろしく」
「ああ、事前に聞いて知っている」
返事は顔も上げずに目線を向けただけのものだった。切れ長の目が紙面に戻される。
「はーっ、相変わらずルカはドライだなー。少しくらいは新入部員と楽しくお喋りしようと思わないのかよー」
「まだ全員揃っていないんだ。適当に会話するぐらいしか活動内容のないこの部活で、先行して話をしてしまったら話題がなくなってしまうだろう」
ページをめくりながら織歌は続ける。
「それに、部長か顧問が来てから活動開始という取り決めに則っているのだから、自由に行動して問題ないはずだ。せめて上ノ宮が来るまではこの本を読ませてもらう」
「ぐ、ぐぬぬ……っ」
愛音は反論の言葉を探そうとするが唇を噛むことしかできない。
「ま、まぁ織歌は誰にでもこんな感じだから、月見里くんも気にしないで? 嫌われてるわけではないはずだから」
愛音を宥めながら季詠は苦笑する。詞幸も合わせるように苦笑いを浮かべた。
「でもなんだか意外な感じがするなあ。古謝さんって真面目そうだけど、なんで話術部に入ったんだろ。帯刀さんみたいに顧問の先生から頼まれたのかな?」
「ああ、それもあるらしいんだけどな、ルカはサッカー部の幼馴染と一緒に帰るために時間を潰したかったんだと」
「ちょっと。あんまりそういうこと言い触らすのは……」
季詠は止めようとするが、それでやめるような愛音ではない。口元をさらに邪悪に歪めるだけだった。
「で、ゴールデンウイーク明けくらいにめでたくその男と付き合い始めたんだ。前に話したことあったろ? 話術部唯一の彼氏持ちがこのルカだ」
勝手な個人情報の開示に、もしかすると怒られるのではないか、とハラハラして聞いていた詞幸は、恐る恐る織歌の表情を窺ってみる。
(あ、無表情のままだ。怒ってない、かな……? あれ、でも耳が赤いような……)
そんな織歌の変化に愛音も気づいたようで、ニマニマと笑みをこぼしてなおも饒舌に語る。
「こんなクールに気取ってんのにな、人は見かけによらないもんだろー? 意外と男に尽くすタイプなんだよ、ルカは。この前だって『着脱の簡便さで圧倒的に眼鏡の方が優れている。コンタクトに変えるつもりはない』なんて言ってたクセに、彼氏に言われたらすーぐコンタクトにしやがったんだ」
(顔全体が赤くなってきた……)
「男に興味なんてなさそうな顔して実際はアタシたちの中で一番のむっつりスケベだよ。おうちデート、とかいってナニしてるんだかわかったもんじゃない」
(本で顔隠しちゃった)
「お互いに名前呼んで微笑み合ったり、頭撫でられて甘い声出したりしてるんだぞー。想像するだけで最っ高に気色悪いよな!」
「たーかーなーしーッ!」
「うわ、キレた! わははっ、逃ーげろーっ♪」
部室内で鬼ごっこが始まった。ころころと笑う愛音と文字通り鬼の形相となった織歌がドタドタと走り回る。
そんな騒がしさの中、季詠は額を押さえて嘆息するのだった。
「もう、からかい方まで小学生みたいなんだから……」