表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/301

第34話 真面目に、ね?

 梅雨入りの発表に応えるように、灰色の空が湿った空気と雨粒を連れてきた。

 普通ならば気持ちまで下降しがちな天気だが、廊下を行く彼の心にはカラッと爽やかな風が吹いていた。

「随分と上機嫌だな、ふーみん。何かいいことでもあったのか?」

「ええー? いつもどりだよー」

 そう答えた詞幸(ふみゆき)の足取りは軽い。愛音(あいね)と一緒にいられる部活の時間が嬉しくて堪らないのだ。

 特別教室棟の4階奥、話術部の部室には詞幸たちが一番乗りだった。

「なんだ、ミミはまだ来てないのかー。紅茶淹れてもらおうと思ってたのになー」

 愛音はリュックを下ろし、中から財布を取り出した。

「喉乾いたからちょっと自販機行ってくる」

「うん、いってらっしゃい」

「あっ、愛音さ――お?」

 後に続こうとしたところを、くん、となにかに後ろに引っ張られた。そうこうしている間に、詞幸の声に気づかなかった愛音はドアを閉めて行ってしまった。

 体の向きはそのまま、首だけで後ろを振り返る。

帯刀(たてわき)さん、どうしたの?」

「ごめんね月見里(やまなし)くん。愛音がいない状況で話をしたくて……」

 シャツの裾を摘まんでいた指を離し、季詠(きよみ)はやや真剣な声音になった。詞幸は向き直る。

「来月あの子の誕生日があるの、知ってる?」

「知、らなかった……」

 「知ってるよ」と言おうとしたが、季詠にまたストーカー扱いされるかもしれないという危惧が、詞幸に咄嗟の嘘をつかせた。

「7月11日なんだけど、勿論プレゼント渡すでしょ? 事前に教えてあげなくちゃと思って……ほら、もう猫のクッションはあげたじゃない? あれ以上にインパクトがあるプレゼントの方がいいし、そうなると考える時間が必要でしょ?」

「あ、ありがとう! そんなことまで考えてくれてたんだね!」

 恋の協力者の深謀遠慮に心の底から感謝する。そして、小さな嘘をついた自分が恥ずかしくなった。

「そんな大袈裟にしないでいいからっ――あと1か月くらいあるけど、その前に期末テストもあるから、何を贈るか早めに決めた方がいいと思うの」

「確かに。でも…………う~ん、なかなか難しいよなあ」

 似たようなものでは面白くないし、女性がもらって嬉しいものもわからない。そもそも高校生の身分では予算も限られる。異性へのプレゼント経験がほとんどない詞幸は頭を悩ませた。

「あっ、思いついた!」

 と、天啓が下りてきた詞幸は拳を掌に打ちつけた。

「猫好きの愛音さんにピッタリだしインパクト抜群なのがあるよ! 俺も好きになってもらえそうだし!」

「え、凄い月見里くんっ、もう思いついたの!?」

 前のめりに聞いてくる季詠に、詞幸は人差し指を立てて言ってのけた。

「俺自身が猫になるんだよ! そんでもってプレゼントになればいいんだよ!」

「……………………ん?」

「だからっ、俺が猫耳と尻尾つけて――」

「――月見里くん?」

 季詠はニッコリと笑った。しかし、細められた目はまるで笑っていない。

「ふざけてないで真面目に、ね?」

「……はい……すみませんでした……」

(ヤバイ、これマジなやつだッ!)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ