第34話 真面目に、ね?
梅雨入りの発表に応えるように、灰色の空が湿った空気と雨粒を連れてきた。
普通ならば気持ちまで下降しがちな天気だが、廊下を行く彼の心にはカラッと爽やかな風が吹いていた。
「随分と上機嫌だな、ふーみん。何かいいことでもあったのか?」
「ええー? いつもどりだよー」
そう答えた詞幸の足取りは軽い。愛音と一緒にいられる部活の時間が嬉しくて堪らないのだ。
特別教室棟の4階奥、話術部の部室には詞幸たちが一番乗りだった。
「なんだ、ミミはまだ来てないのかー。紅茶淹れてもらおうと思ってたのになー」
愛音はリュックを下ろし、中から財布を取り出した。
「喉乾いたからちょっと自販機行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」
「あっ、愛音さ――お?」
後に続こうとしたところを、くん、となにかに後ろに引っ張られた。そうこうしている間に、詞幸の声に気づかなかった愛音はドアを閉めて行ってしまった。
体の向きはそのまま、首だけで後ろを振り返る。
「帯刀さん、どうしたの?」
「ごめんね月見里くん。愛音がいない状況で話をしたくて……」
シャツの裾を摘まんでいた指を離し、季詠はやや真剣な声音になった。詞幸は向き直る。
「来月あの子の誕生日があるの、知ってる?」
「知、らなかった……」
「知ってるよ」と言おうとしたが、季詠にまたストーカー扱いされるかもしれないという危惧が、詞幸に咄嗟の嘘をつかせた。
「7月11日なんだけど、勿論プレゼント渡すでしょ? 事前に教えてあげなくちゃと思って……ほら、もう猫のクッションはあげたじゃない? あれ以上にインパクトがあるプレゼントの方がいいし、そうなると考える時間が必要でしょ?」
「あ、ありがとう! そんなことまで考えてくれてたんだね!」
恋の協力者の深謀遠慮に心の底から感謝する。そして、小さな嘘をついた自分が恥ずかしくなった。
「そんな大袈裟にしないでいいからっ――あと1か月くらいあるけど、その前に期末テストもあるから、何を贈るか早めに決めた方がいいと思うの」
「確かに。でも…………う~ん、なかなか難しいよなあ」
似たようなものでは面白くないし、女性がもらって嬉しいものもわからない。そもそも高校生の身分では予算も限られる。異性へのプレゼント経験がほとんどない詞幸は頭を悩ませた。
「あっ、思いついた!」
と、天啓が下りてきた詞幸は拳を掌に打ちつけた。
「猫好きの愛音さんにピッタリだしインパクト抜群なのがあるよ! 俺も好きになってもらえそうだし!」
「え、凄い月見里くんっ、もう思いついたの!?」
前のめりに聞いてくる季詠に、詞幸は人差し指を立てて言ってのけた。
「俺自身が猫になるんだよ! そんでもってプレゼントになればいいんだよ!」
「……………………ん?」
「だからっ、俺が猫耳と尻尾つけて――」
「――月見里くん?」
季詠はニッコリと笑った。しかし、細められた目はまるで笑っていない。
「ふざけてないで真面目に、ね?」
「……はい……すみませんでした……」
(ヤバイ、これマジなやつだッ!)