第33話 気まずい電車
ガタゴト揺れる車内には冷房のひんやりした風が流れていたが、ビルの谷間から差し込む西日に照らされるとやはり暑い。
詞幸は手汗で滑る吊り革を握り直し、なにか喋らなければ、とドア横や中吊りの広告に話題を探す。
隣でポールに掴まる詩乃は、色のない顔でスマホに指を走らせていた。
詞幸と詩乃は家こそ離れているものの、降りる駅が一緒であった。意識していなかっただけで、これまでも知らずに同じ電車に乗っていたのかも知れない。
(共通の話題ってあるのかなあ……)
部活は結局、あとから御言が加わって雑談をしただけで、特に変わった活動もせず終わってしまった。もう一人の部員も顧問も姿を見せず、そのことを話題として詩乃に振っても、「まぁ明日は来んじゃない?」とそっけなく返されただけで会話は続かなかった。
(ああぁぁ、こんなときどんな話すればいいんだろおぉぉ……)
頭を抱えたい気持ちになる。
詞幸の交友関係にギャル系の人物はこれまでいなかった。どう接してよいか、そもそも話しかけてよいかわからないのだ。さりとて沈黙は重苦しく肌にまとわりつき、Yシャツの短い袖から滑り込む冷風でも汗を乾かしきれない。
「詞幸ってさぁ」
「ひぇい」
不意に呼ばれたせいで喉が震えてしまった。加えて目も泳いでしまう。
詩乃は「キョドりすぎ。キモッ」と噴き出した。
「下の名前で呼んだだけで照れるとかマジぃ? 耐性なさすぎ」
肘で小突かれた詞幸は、ムッとして口を尖らせた。
「だって慣れてないんだからしょうがないじゃん。普通は仲良くなってから名前呼びになるもんじゃないの? いきなり距離感が近すぎるんだって」
「ゆーて、みーさんだって『詞幸くん』って呼んでんじゃん。それはいいの? そんときも『ひぇい』っつったん?」
「いやーそんなことなかったけど……そういえば全然気にしてなかったなあ、なんでだろ。なんかそう呼ばれるのが普通な気がしたんだよなあ」
視線を宙に彷徨わせ、初めて会ったときの御言の印象を思い出す。
「――上ノ宮さんってさ、なんか小学校の先生っていうか、保母さんみたいな感じしない?」
すると詩乃は再び噴き出して口元を押さえた。
「なにそれっ、アンタそれみーさんのこと女として見てないってことじゃない? きゃはは、ウケる! 明日言ってやろぉ!」
「ちょっ、それだけはやめてマジでやめてお願いだから!」
このあと駅で別れるまで、二人の会話が途切れることはなかった。