第31話 バレちゃうよ?
「とりあえずアンタにはアンタの事情があるってわかったから、ウチはもう入部に反対しないし、ウチはウチでいままでどーりやってくことにする。考えてみりゃさぁ、別に狙ってもない男子にどう思われても構わないもんね」
ぶっきらぼうに言い放った詩乃は、「た・だ・し」と目を吊り上げた。
「ウチがみーさんになにを撮られたか詮索したら許さないから。アンタがなんで脅されてるのか詮索しないから、代わりにウチにも何も聞かないで。いい? 約束だからね。もし破ったら、アンタにパンツ覗かれたとか胸触られたって周りに言いふらすから。わかった?」
念押しされたピンポイントな脅しに、詞幸は何度も何度も首肯して同意を示した。
「まったく相変わらず気の強い女だな」愛音は呆れたように首を振ってから、手を挙げて合図した。「よし、ふーみん。お近づきの印に例のものを渡してやれぃ」
「はっ、愛音様!」
従順なしもべのように恭しく返事をしたかと思うと、がさごそと音を立てながら部屋の隅のビニール袋を漁り始めた。
「はい、これからよろしくね、縫谷さん」
詞幸が取り出したのは愛らしくデフォルメされた猫のクッションだった。
夢の国のネズミたちに代表されるように、大多数の女子高生は可愛い動物のキャラクターが大好きである。詩乃もまたその例に漏れず、顔をふやけさせた。
「めっちゃ可愛いじゃん! えぇっ、なにこれくれるの? ありがとぉ~! でもこれどしたんどしたん?」
「実は愛音さんへのプレゼントだったんだけど持ってきすぎちゃって……」
そう、これは大量に用意したクッションのいわば余りである。結局教室で愛音が使う分は二つで落ち着き、さらに話術部の全員で使っても十二分の量があるのだ。
「へぇ~、ナッシーへのプレゼント?」
「な、凄いだろ!」
腰に手を当てて誇る愛音。
その小さな同級生と自分が抱えているクッションを見比べるようにして、詩乃は黙っている。
愛音は詞幸の行為の意味に気づけるほど聡くなく、詞幸は自分のしたことが失言だと気づいておらず、季詠だけがハラハラと落ち着きなく詩乃を見つめていた。
「ねぇねぇ」
詩乃は詞幸の肩をちょんちょんと突いた。その口角がいたずらっぽく上がる。
「もしかしてアンタさぁ――」
「あーあっ、それにしても御言遅いわねーっ。織歌も最近来てないしーっ」
季詠が急に声を張った。
「そういえばそうだよなー。アイツも掃除サボったし、ミミの折檻受けるのはほぼ確定かなー」
「ねー。でもそれ言ったら詩乃も危ないかもねーっ」
「…………」
自分のことが話題に上っているにも拘らず、詩乃は話に混ざらなかった。ただ、愛音と会話を続ける季詠を鬱陶しそうな目で見つめてから、視線を戻した。
「アンタ、ナッシーのこと――」
「うーんっ、最近なんだか肩凝っちゃってるなーっ」
「おいおい、まさかまたおっぱい大きくなったんじゃないかっ? にひひ、アタシが確かめてやろうか?」
指をワキワキ動かす愛音に迫られ、季詠は自身を抱くようにして背を向けた。
「もう、愛音ったらまた変なこと言ってーっ」
「………………」
かしましくじゃれる二人を見る詩乃の目は冷ややかだった。
そして彼もまた、この光景に違和感を覚えてしまったらしい。
「……さっきからはしゃいでどうしたの? 帯刀さんらしくないね」
尋ねる詞幸は、わけがわからないとばかりに目を丸くしている。
「くぅ…………っ」
季詠は渋面を作り、唇を噛んだ。
誰のために道化を演じていると思ってるの、と恨めしそうな眼が訴えていた。