第30話 被害者の会
放課後、部室に先に来ていた詩乃は詞幸を見るなりこう言った。
「げ、ホントにこいつが入んのぉ?」
頬杖をついた体勢で眼光鋭く射抜かれ、詞幸は委縮してしまう。
愛音はこれを庇うように間に入った。
「おうおう、見た目がアレな男子部員様になんて口の利き方だ」
愛音は『見た目がアレ』というフレーズをいたく気に入ってしまったらしく、詞幸がダメージを受けているのも気にせず使用している。
「大丈夫だよ月見里くんっ。磨けば光るからっ」
季詠のそんなフォローも、現状がアレであることの反証にはなっていなかった。
「ウチははんたーい。女子だけの部活に男子が入ってくるなんて下心、てかエロ心見え見えじゃん。しかも6月になってから入部なんて余計怪しいしぃ」
「そんな失礼なこと言わないで仲良くしよ、ね? それに詩乃だって何回も合コン行ってるんだから、男子の目には慣れてるでしょ?」
「そうだそうだ、このアバズレビッチめー」
愛音の悪罵にムッと眉根に皺を寄せて、
「ピュアだし清楚だしぃ!」
と反論してから詩乃は続けた。
「そりゃぁウチだって男子と喋ったり遊んだりすんのは嫌じゃないけどさぁ、そんときって自分を可愛く見せようって頑張ってるからケッコー疲れんだよね。教室でだって男子には見られてるワケだしさ。でもここにいるとき、ウチは素の自分でいられんの。自分が可愛いか気にしないで楽に笑えんの」
だから男子が入ってくるのは嫌、と指で髪を巻きながら気怠げに締めくくった。
詞幸は、「自己紹介のときと声のトーンが違うしもう可愛く見せようとしてないよね? 思いっきり素の自分を出してるし明らかに俺のこと男として意識してないよね?」と指摘しようと思ったが、どんな反応が返ってくるか怖かったのでやめた。
代わりに、自分の意志を込めた言葉を口にする。
「ここが縫谷さんにとって心が休まる場所だってことはわかった。でも俺にだって、入部しないわけにはいかない理由があるんだ。詳しくは話せないけど、後ろ指をさされる高校生活は送りたくないから」
季詠の痴態と御言の脅迫まがいの行為についてはぼかしたので意味は伝わらないだろうな、と思いつつ言うと、返ってきたのは、
「まさかっ、アンタもみーさんに?」
という驚愕の声だった。
季詠が「『みーさん』っていうのは御言のことね」と注釈を入れる。
おずおずと詞幸が頷くと、それだけで得心が行ったようで「やっぱり」と詩乃は呟いた。
「ウチもみーさんに脅されてこの部に無理矢理入らされたのっ。あ、いまは愛着あるんだけど。でもあんな動画がばらまかれたらお嫁に行けなくなっちゃうし! 誰もウチのことを知らない土地で隠れて暮らすしかなくなるし!」
額に珠のような汗を浮かべる詩乃は、同じ苦しみを分かち合う者に出会えた喜びを表した。
しかし詞幸は、詩乃の態度が軟化したことへの安堵よりも、底知れぬ恐怖の方が勝ってしまっていた。
(上ノ宮さん……彼女はいったいなにを撮ったんだろう……)