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第298話 バレンタインデーの勇気

 ついにその日がやって来た。

 バレンタインデーの今日は朝から学校全体が浮かれムードに包まれているようだった。

 教室のいたるところで、そして廊下でも、義理チョコを男に渡したり、友チョコを女同士で渡しあったりしてる光景をよく見かける。

 そしてアタシの目の前にも浮かれている男が一人。誰のなにを期待しているのか、いつもよりテンション高めなふーみんの痛ましさといったらなかった。

「おはようっ、愛音(あいね)さんっ、季詠(きよみ)さんっ。今日もいい天気だねっ」

 バレンタインを意識してないフリをしているのだとバレバレな不自然さだった。

「おっす、ふーみん」「おはよう、ユキくん」

 そんな痛い男にアタシたちは挨拶を返して――それだけだった。

 チョコを渡したりバレンタインを話題に出したりはしない。

 ふーみんが「あ、あれ? チョコは? くれないの?」みたいな間抜け面をしている。

 バカなヤツだな、こんな人目につくところで本命チョコを渡したらクラスの連中にからかわれるだけだろうが、とは流石に言えないので、素知らぬ顔でスルー。

 だが、ふーみんの痛ましさはこれだけに留まらなかった。

「ちょっとトイレ行ってこよっと」

 とわざとらしい宣言をして席を立ち、しばらくして戻ってくるやいなや、時限爆弾でも探しているかのような真剣さで机の奥と鞄の中を何度も覗き込んだのだ。

 コイツは本当に行動が露骨だよなー。アタシもキョミもチョコを忍ばせたりしてないのに。

 落胆の溜息をつくバカな男の浅ましい行動を目の当たりにして、以前のアタシなら一言声をかけてからかってやろうと思っただろうが、生憎といまのアタシにそんな余裕はない。

 ロッカーに仕舞ってきた包みをどう渡せばいいかと悩んでいてそれどころじゃないからだ。

 チョコはキョミに手伝ってもらいながら一緒に作ったものだが、材料も、形も、ラッピングも、なにもかもがキョミのものとは違う。アタシオリジナルのものだ。

 味は大丈夫なのか、形は変じゃないか、ラッピングは崩れてないか。どうやって渡すか以外にも心配事は尽きないし、男に渡すのなんて初めてで不安しかない。

 そしてそんな不安は時間が経つごとに焦りもブレンドされてどんどん大きくなっていった。

 休み時間になってふーみんが長く席を離れるたび、その手に綺麗にラッピングされたなにか――見るからに本命チョコ――を持ってニヤケ面で帰ってくるのだ。

 てっきりアタシはミミとしののんは部活のときにでも渡すのかと思っていたのでビックリした。というか、いざとなったらその流れに乗じて渡せばいいと思っていたので大いに困った。

 いや、気持ちはわかる。こんな精神状態で放課後まで待つなんて拷問だろ! 授業もまるで頭に入らないし、アタシもさっさと渡して楽になりたい!

 そう思っていてもなかなか勇気が湧いてこず、ずるずると時間だけが過ぎていく。

 こんなことならチョコの作り方だけじゃなくて渡し方も相談しておけばよかった。いやいや、キョミにそんなことまでさせられるわけないだろ――と懊悩していた昼休みの終了間際、キョミがやたらと長いトイレから帰ってきた。ふと気づけばふーみんも席に着いていない状況で、もしやと思ったアタシはキョミに囁いた。

「もしかして……キョミもいま渡したてきのか?」

「あ……うん。ちゃんと気持ちを伝えながらの方がいいかなって思って。えへへ」

 ふーみんと一緒じゃないのは、周りに勘繰られないようにタイミングをずらしたんだろう。

「愛音はどうするの?」

「……部活のときに渡そうかなって思ってる。踏ん切りがつかないから、こう、勢い任せで」

 今日の部活ではチョコを持ち寄ってのお茶会が開かれる。そのときにどさくさに紛れて、しれっと渡せばいいだろう。お前のために持ってきてたの忘れてたわー、みたいな雰囲気で。ムードもへったくれもないが渡せないよりはいいし。うん、それがいい。

 そう考えたのだが、悩み過ぎてアホになっていたアタシは気づいてなかった。みんなの前で、見れば一発で本命だとわかるようなチョコを渡すのはハードルが高いってことに。しかもメッセージカード付き。アホすぎて嫌になるな…………。

 そんなこんなで下校の時間。ルカは一足先に部室を出て彼氏を迎えにいき、さゆりんは職員室へと戻っていったため、残りの5人で下駄箱に向かう。

 美味しくて楽しいお茶会のあとだというのにアタシは泣きそうだった。チョコ一つ渡すことができない自分の愚かさに。ここまで来てまだ決心できない自分の弱さに。

 前を歩くふーみんの背中を見つめる。その両脇ではミミとしののんが楽しそうに笑っている。

 関係が変わることへの恐怖は消えない。キョミと腹を割って語り合ったあとも、それで本当に幸せになれるのかって、アタシはまだ悩み続けていて――だから、一歩を踏み出せない。

「愛音――」

 耳元でキョミの声がした。後からアタシの両肩に手が置かれ、グッと前に押し出される。

「変わることから逃げないで、勇気を出して」

 その言葉にハッとした。

 ああ、そうだよな。いい加減勇気を出さないと。いつまでも逃げてばかりじゃダメなんだ。

 本当はつらいだろうにアタシを手伝ってくれたキョミの想いを無駄にはできない。

 そして、アタシ自身の想いも無駄にしたくない。だから――

「あーーー!! 教室に忘れ物したーーーーー!! よっし、ふーみん、一緒に取りに行くぞ!!」

 そのバカな発言に、その場の全員がアタシを振り向き呆気に取られた。

 なんの脈絡もなく道連れを宣告されたふーみんも目をパチクリさせている。

 だがアタシはお構いなしにその手を強引に掴んで、引きずるように教室へと向かうのだった。

 散々悩んだ末にこんな力業(ちからわざ)を実行するなんてな!! わははははっ――あー、死にそう……。

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