第297話 アタシとキョミ 後編
アタシたちはしばらく一緒に涙を流していた。
やがてそれも涸れ果て、涙の跡をハンカチで拭ったキョミが、赤い目でアタシを見上げて言う。
「私はユキくんに愛音と結ばれてほしくなかった。私に振り向いてほしかった。だから、あのとき告白したの……。愛音はユキくんに恋なんてしないって決めつけて、どんな気持でいるかなんて考えなかった。それは紛れもない事実で、だから綺麗ごとを言うつもりはないんだけど…………」
アタシは黙って頷き、先を促した。
「ユキくんが愛音に告白したって知ってからの私は、失恋のほかに、愛音と友達でいられなくなることへの恐怖をいつも感じてた…………。私は自分が狡い人間だって知ってるから、もし二人が付き合うことになったら、愛音を素直に祝福できなくて、二人の関係を壊そうとするんじゃないかって……。それなら、距離を取るしかないんじゃないかと思って………………」
その言葉でいまさらながらに気づく。
『もし二人が恋人になったら、もう私、愛音の親友じゃいられない…………』
キョミが言ったあの言葉は、そうなった場合にアタシへの憎しみによって決別することを宣言したものじゃなくて、嫉妬に狂う自分を抑えられないかもしれないと憂いたものだったんだ。
なんでアタシは気づけなかったんだ…………。いや、理由は明白だ。
時に親友が心の奥底で自分を疎んでいると知って、その恐ろしさから、心の中を想像しようとしなかった。アタシのことをどう思ってるか、考えるのが怖かったから。
キョミがどれだけ優しいかなんて、15年間一緒にいるアタシはよく知っているはずなのに。
疑って、信じなかった。
そのせいでこの4か月間、むなしくから回ってしまった。
「怖がらないでキョミにもっと早く話せばよかった…………」
「うん。私も、愛音の気持ちを自分から聞ける勇気があればよかった…………」
キョミはアタシの目元に軽くハンカチを押し当てながら続けた。
「私ね……愛音の恋を応援したい。気持ちは伝えるべきだと思う。……おかしいかもしれないけど、愛音の気持ちを知る前には戻れないから、抜け駆けなんてしたくないの。でも……もしそれで私の恋が終わったら、やっぱり自分自身がどうなるかわからなくて…………変わらず愛音の横で笑えるって自信が持てないの。ごめんなさい……」
「いや…………それで十分だ。キョミがアタシの親友でい続けたいと思ってくれるなら、それだけで」
「いいの…………?」
それだけで不安は解消できるのかと、キョミは聞いてる。
「いつまでも友達だよ、なんて軽々しい言葉を言ってほしいわけじゃないんだ……。そんな空々しい約束になんの意味がある。自分の心は自分にだってわからない、だろ? そんなこと、あのふーみんを好きになったアタシは痛いほどよく知ってる」
本当に、胸が痛むほど知っている。
「でも、アタシたちは両想いなんだ。お互いにずっと友達でいたいと願ってる。なら、きっと大丈夫だ」
散々悩んだクセに、たったそれだけのことでアタシの心は晴れやかになった。
想ってくれるだけで嬉しい。この絆があればなんとかなるって、そう思える。
「じゃー、けじめとして、アタシもハッキリ言葉にするか」
再びキョミの正面に立って、泣き腫らした目で見つめ合う。
「友達に順番を付けるなんて嫌だけど、アタシが1番好きな友達はやっぱりキョミなんだ。親友だ。でも、そんな親友よりも好きなヤツができた」
「うん」
「アタシはふーみんが好きだ。ふーみんがアタシの1番で、キョミはもう1番じゃない」
「…………胸が痛いね。こんなにつらいなんて、思わなかった…………」
「ああ、つらいだろ?」
「失恋の痛みじゃないけど、この痛みは、恋よりも深い気がする……」
キョミは痛む胸を押さえて、それでもどこかその痛みを愛おしんでいるように見えた。
「だが安心しろ。キョミのことは2番目には好きだからな」
「私も。2番目に愛音のことが好き」
「おっ、2番目なんて好順位で両想いなら、どうだ? アタシたちの絆がさらに深まったことだし、記念にべろちゅーでもしないか?」
「それは絶対やだ」
「にひひっ――」
「ふふっ――」
アタシたちは笑い合った。なにも解決してないのに、未来がどうなるかわからないのに。
互いを想い合っていることに幸せを感じて。
嬉しくて、痛い。
楽しくて、怖い。
そんなありふれた幸せを感じて、アタシは空を見上げた。
「恋って大変だな……」
いくつもの星たちが輝いている、月のない空を。
月を見るたびに、あの顔を思い浮かべるようになったのはいつからだろう。
なんだか無性に月を見たくなる夜だった。