第295話 アタシとキョミ 前編
ただならぬ雰囲気を察したんだろう、アタシたちがもう帰ると言ってもミミとしののんは理由も聞かず、そのままアタシたちを二人きりにしてくれた。
そして家路についたアタシたちは、家の近くの公園に来ていた。
「この公園に来るのも久しぶりだね。小学校以来かな」
「そうだなー。近所にあるのに、もう4年も来てなかったんだなー」
ブランコに腰かけて地面を蹴り、足の曲げ伸ばしを繰り返して速度を上げていく。
前に揺られたときに自然と真っ暗な空を見上げる形になる。冬の冷たさの向こうから、白い星たちがアタシを見下ろしていた。いまの時間、残念ながら月は見えない。
横を向くと、キョミも同じように空を見上げていた。
アタシたち以外誰もいない公園で、キコキコとブランコの音だけが響く。
なにを言っていいか、なにから話すべきか、お互いわからないままに、ただ空を見上げる。
「なんかさー……」
話す内容を決めていないのにその沈黙を破った。そうでもしないと、空気に押しつぶされそうだったからだ。
「あの頃に比べて、なんだかこの公園が小さく見えるよなー。アタシはあんま身長変わってないんだけどさー」
「……それは、私たちが成長したからだよ。視野が広くなったからそう感じるんだと思う。大人になったなんて言えないけど、いろんなことを知って、いろんな人と会ったから。――ねぇ、愛音は覚えてる?」
キョミはブランコをこぐ足を止めた。アタシもそれに合わせる。
「私たちが初めて会ったのってこの公園なんだって。1歳くらいのことらしいんだけど」
「覚えてるわけないだろ、そんな大昔のこと」
「ふふっ。だよねぇ」
幼稚園から小学校まで、アタシたちはよくこの公園で遊んでいた。中学生になって、キョミが私立に進学するまで。公立の中学に通っていたアタシは、一人でこの公園の横を通って登下校していた。
思い出の公園だが、幼稚園より前の記憶なんて残ってない。
「私もね、全然覚えてないの。でも、私たちってもう15年の付き合いなんだなって思うと感慨深くて…………。もう覚えてないけど、その頃から愛音は私にとって大切な親友なんだよ。一緒の高校に通いたいからって猛勉強してくれるなんて、そんな子探してもそうそういないよ。愛音は、私の最高の親友」
ブランコの動きが止まり、キョミは膝の上に手を置いて、
「でも、そんな親友の気持ちに気づけなくて…………恋を我慢させて、ごめんなさい……」
頭を下げた。深く深く、沈み込むように頭を下げた。
「やめろよ、そういうの…………」
「やめないよ……。できないよ、そんなこと…………。だって、愛音もユキくんのこと好きなのに、私のせいで我慢してるでしょ……? 私のせいでつらい思いをしてるのに、知らん顔なんてできないよ…………。だから私には謝ることしか――」
「違う! アタシは謝ってほしいんじゃない!」
抑えることができなかった感情が迸る。
これは、謝るとか謝らないとか、悪いとか悪くないとか、そういった話じゃない。
そんなくだらないことはどうだっていい。
「アタシはただ、お前とこれからも親友でいたいだけなんだ!! いや、親友じゃなくてもいい!! 1番じゃなくても、ただの友達でもなんでもいい!! ただ、ただ――」
込み上げてくるものでその先を言葉にできない。
視界の中のキョミが霞んでいく。
「やっぱり…………愛音がユキくんの想いに応えなかったのって――」
キョミの声は震えていた。
「あのとき…………」
「………………」
どう答えようか、迷う。
正直に話すべきか、誤魔化すべきか。
話してしまえば、アタシたちの関係は元通りにならないかもしれない。心に壁ができてしまう。
そんな恐怖が鎌首をもたげ、けどアタシは、頷いた。
「……アタシがふーみんを振ったあの日……キョミがふーみんに告ってるの、聞いてた……」
「っ…………!」
「キョミがアタシのことどう思ってるのかも、知ってる…………」
脳裏に焼き付いて離れない言葉。
『もう私の1番は愛音じゃないの! 詞幸くんの気持ちを独り占めするあの子に嫉妬してる……!』
『心の中ではあの子を疎ましく思うこともあって……』
『もし二人が恋人になったら、もう私、愛音の親友じゃいられない…………』
思い出すだけで苦しくなる。あの日、どれだけ枕を濡らしたことか。
「それでも、アタシはずっとキョミと友達でいたい!! でも…………アイツのことも、大切に思ってて…………どうしたらいいか、わかんないんだよ……!!」