第293話 勘違い
「ねー、アイちゃん……。最近……げ、元気ないけど……なにかあった?」
「にーに、アニメ見てるときは静かにしてくれ」
「あ、ごご、ごめんね……」
そう言ってにーには慌ててテレビに向き直った。画面の中では巨乳ヒロインが、鈍感主人公が躓いた拍子に胸を揉まれている。
いつもならアタシは大喜びして喝采を上げるシーンなんだが、にーにに心配されたことの衝撃でそれどころじゃない。
――にーにとはアタシの兄貴のことだ。
小さい頃からそう呼んでいるが、恥ずかしいから外では兄貴と呼んでいる。アタシみたいなロリロリ体型の女子高生が実の兄をにーにとか言ってたらあざと過ぎだろうから自主規制だ。
キョミもアタシのにーに呼びを知っていて、けどそこのところの事情を察して黙ってくれているわけだ。
ここはそんなにーにの部屋。アタシの部屋にはテレビがないから、テレビゲームをしたり、アニメを見たりするときには必然的にここに来るしかない。
いまもベッドを背もたれにして、兄妹仲よく並んでハーレム系のエロい深夜アニメを見ている。
妹の前で見るにはつらいジャンルだろうが、ナヨナヨ系どころかオドオド系のにーには、妹に対してさえもものを強く言えないタイプだ。気まずいだろうが邪険にされたことはない。
気が弱い性格で怒っているところは1度も見たことがないし、ごく稀にアタシになにか注意するときでも『~した方がいいと思うんだけどどうかな? あっ、鬱陶しいこと言ってごめんね……』とか必ずへりくだる大学2年生。
見た目は完全なる陰キャで、三つ編みおさげができるんじゃないかってくらいに髪が長い。
身長は流石にアタシより高いが、性別・年齢を考えれば誰もがチビだと声を揃えるだろう150センチ台。その低身長を大きなコンプレックスとしていて、気が弱いのに具体的に何センチかは絶対に口を割らない。
元々エロゲー好きだったのだがアタシが横で見ていたせいで卒業し、いまはアニメを生きる糧としている――そんなにーにが、現在最推しのアニメヒロインのラッキースケベシーンには目もくれずアタシの心配をしてきたのだ。
異常事態と言っていい。
それだけアタシに元気がないってことなんだろうが……普段どおりにしてるつもりでも、家族の前では隠し通せないか……。
「実は…………好きな男ができたんだよ」
Aパートが終わってCMに入ったところでアタシは切り出した。
「そのことでちょっと悩んでる」
家族に恋愛の話なんてキモくて恥ずかしいことこの上ないが、この心配性な兄を心配させたままにしていたらストレスで禿げてしまうだろう。だから、仕方なくだ。
「そっか、好きな人が……。アイちゃん、おめでとう」
「人の話聞いてたか? 悩んでるって言っただろ。どこがめでたいんだよ」
「そそ、そうだよね。ごめんね、でしゃばっちゃって……」
ちょっと強く言ったら俯いてしまった。
こんな調子だからにーには彼女ができたためしがない。
それでも話を切り上げず恋愛相談を続けようと思ったのは、なにかアドバイスが欲しかったわけじゃなくて、ただ、話すことで少しでも気が楽になればいいと思ったからだ。
「大した話じゃないんだよ。ただキョミも同じ男が好きだってだけで――」
「え!!? 季詠ちゃん!!?」
「な、なんだ!?」
いきなり大声を出されてビックリしてしまった。
「そんな……もしかして僕のこと好きなんじゃないかってちょっぴり期待してたのに……。この前だって目を見て挨拶してくれたし…………」
「挨拶くらい誰にでもするわ! コミュ障特有の勘違いをするな!」
にーには胸を押さえて喘ぐような呼吸を繰り返す。
「うぅー、アイちゃーん…………。なんだか胸が苦しいよー…………」
「ガチ恋だったのか!? この身の程知らずがー! だあーもう! ほら、話聞いてやるから涙目になるな! 気持ち悪い!」
なんでアタシが逆に恋愛相談に乗ってやらないといけないんだー!