第292話 原因判明
ミミはいつもほわほわした笑顔を咲かせている。でもいまの笑顔からはそんな軽い感じはしない。その笑顔は、どこかの通販番組にでも出ていそうなものだった。
「おそらく織歌ちゃんから聞いたのでしょうけれど、確かにわたくしは詞幸くんを中心としたハーレムの形成を真剣に考えています」
アタシたちがいるのは特別教室棟の1階、階段下のデッドスペースだ。次の3限、この階の特別教室で授業は行われないらしく人影はない。内緒話をするにはうってつけだった。
「アフリカには一夫多妻制を容認する国がいくつもあります。移住の意思決定や手続きをするのは容易なことではありませんが、日本という国は変化や異質なものに不寛容ですし、一夫多妻制を認める宗教的な土壌もありませんから、ほぼ唯一の選択肢と言えるでしょう」
なぜこんな話になったのかといえば、音楽の授業が始まる前、音楽室で会ったミミにアタシがその話題を振ったからだ。ふーみんがたまたまいなかったからこそ出した話題だが、『場所を変えましょう』とこんな薄暗いところに連れて来られてしまった。
「愛音ちゃんも興味があるのですよね? ハーレムに。だから話題を振ってきた。違いますか?」
「……違わない。違わないが、アタシが興味を持ったのはハーレムがどういうものかじゃなくて、どうしてミミがそういう発想に至ったのかだ」
いまのミミからは、なんというか、威圧感みたいなものを感じる。自分の考えへの反論はすべて打ち破ってやるというオーラを纏っているようだ。
「ミミは……ふーみんを独り占めしたくないのか?」
「したいですよ」
即答だった。
「ですが、だからといってそれが原因で折角できた大切なお友達と疎遠になりたくはないのです。まだ1年足らずの付き合いでなにを、と思われるかもしれませんが、わたくしにとって皆さんと過ごしたこの10か月は、それまでの15年よりも大切な宝物になっているのです。それくらい皆さんの存在は大切なのです。なんとしても友情を手放したくないと思うのは当然でしょう? わたくしは強欲ですから。うふふっ」
ミミの目はまっすぐで、とても冗談で言っているようには見えない。
本気なんだ。
「…………それ、肝心のふーみんは知ってるのか?」
「いいえ、彼には黙っています。だって、もし知ってしまったら本気で恋をしてくれなくなりますから。わたくしとの恋が駄目でもほかの子がいるからいいや、と。彼にはわたくしを1番に好きになってほしいのです。この想いを滑り止めにして適当な恋をされたら困ってしまいます」
「あくまで本命は自分じゃないと嫌ってことか…………。そんな状態で、好きな男がほかの女といるのを我慢できるのか?」
「う~ん……断言は難しいですね。もし我慢できなければ、皆さんとは喧嘩になってしまうかもしれません。ですが、それでもいいではないですか。喧嘩になったらなったで思う存分喧嘩して、仲直りすればそれで」
「簡単に言ってるけど、それはミミの理想論だろ」
知らず、口調が責めるようなものになってしまう。いや、『知らず』じゃないか。
単なる八つ当たりだ。
アタシを置き去りにして楽しく恋愛してることへの、ただのやっかみだ。
「ミミはそれでもいいかも知れんが、ミミ以外もそう思ってくれるかなんてわからんじゃないか」
「詩乃ちゃんと季詠ちゃんにはわたくしの計画を伝えてあります。ですが、二人共首を縦に振ってはくれませんでした。やっぱり、詞幸くんを独占したいという欲求を捨て去ることはできないようです……」
そりゃそうだ。普通の恋愛をしたいのにハーレムの提案をされたら誰だって嫌がるだろう。
「しかしあの二人を懐柔するのも時間の問題。実はもう解決策を実行に移しているんです」
「解決策?」
「はい! 詞幸くんを独り占めできなくとも女の子同士で満足できるよう、お二人には百合漫画を渡して価値観のアップデートを図っています! ユリちゃんに一般流通本、同人誌問わず大量購入をお願いして品評もしてもらった選りすぐりのオススメ百合漫画ばかりです!」
「さゆりんが百合沼に落ちたのはそのせいだったのかー!」
思わぬところで先の事件の真相を知るのだった。