第283話 苦行の先に
部室に着いたアタシたちは部活動を始めた――わけじゃーない。
いまは昼。アタシたちは部員全員でお弁当を食べるために集まったんだ。
「ほら詞幸ぃ、このピーマンの肉詰めウチが作ったの。食べて食べて~。はい、あ~ん❤」
「ええっ? は。恥ずかしいよ……」
「なにアンタまだ恥ずかしがってんの? 初めてじゃないんだからいい加減慣れなさいって。ほらほら、早くしないとききっぺもあ~んしたくて順番待ってるんだから」
「わ、私は別に、そんなっ…………。ただ、今日のシュウマイはちょっと自信作だから食べてもらいたいなーって思っただけで、あ~んまでは……」
「あら、それなら詩乃ちゃんの次はわたくしの番ということでよろしいのでしょうか。うふふっ、はいどうぞ、詞幸くん。A5ランク松阪牛のシャトーブリアンですよ。あ~ん❤」
「えっ、あのっ、じゃあ私も! あ、あ~ん…………❤」
「そんないっぺんには食べられないよおおおおぉぉぉぉ!」
一昔前のラブコメかよ! って感じのベタベタ展開に、アタシは弁当に手を付ける前から胸やけしそうだった。
長机を向かい合わせての6人での昼食。片側の中央に座るふーみんは、両サイドをミミとしののんに挟まれ、正面はキョミに押さえられているような形だ。
3方向からのあ~ん❤攻撃の挟み撃ちに会ったふーみんの顔はデレデレに緩みきっていて正直キモい。あと、結局は食べるクセに初めは遠慮するところがなんかムカつく。
はー…………。アタシは周りに気づかれないように小さく溜息をついた。
この食事会は、ミミとしののんがふーみんとお昼を食べたいとゴネ始めたことがキッカケた。
日々エスカレートしていく二人のアプローチは部活のときだけでは収まらなくなっていった。その矛先がアタシらの弁当タイムに向くのは必然だったんだろう。なんてったって、好きな男がほかの女たちと仲睦まじく昼食を楽しんでるんだからな。羨まないわけがない。
かといって他クラスの教室に入ってその輪を乱してまでお昼を共にしようというつもりはなかったらしく、部室で一緒にお昼を食べようということになったわけだ。あの二人にもクラスでの付き合いがあるから、毎週水曜日だけではあるが。
そんな経緯があったから、この食事会の中心は常にふーみんだ。
ふーみんの座る位置は毎回固定で、その両脇と正面をキョミ、ミミ、しののんの3人でローテーションしている。そして、余り物のアタシとルカは常に端の席、というわけだ。
ハッキリ言って、アタシはこの食事会が嫌いだ。
輪の中に入れない疎外感を味わうから。独りの気がするから。
別にアイツらがアタシを除け者にしてるわけじゃーない。いくらふーみんにご執心といってもアタシとの仲が悪くなったんじゃないから、友達として会話はまんべんなく振られるし、普通にアタシからも会話に交ざる。
けど、やっぱ、空気が違うんだよなー。
ふーみんを目的として始まった食事会なんだから当然なんだが、どうしてもアタシとルカは浮いちゃうんだよなー。あー、やっぱつれぇわ……。
そんな風に思っててもアタシがこの集まりに参加するのは、単純に寂しいからだ。
ふーみんとキョミがアタシの知らないところで仲よくなっていって、ミミとしののんと一緒にアタシの知らない話題で盛り上がっていて、それなのにアタシは教室でボッチ飯。
そんな想像に耐えられなかったから。
けど、この食事会はやっぱり苦痛でしかなくて、みんなが食べ終わると『やっと終わったー』っていつも思う。
そんな苦行を今日もなんとか乗り切ったアタシが弁当箱を仕舞っていると、
「愛音ちゃん、織歌ちゃん。わたくしたちはこれから外に雪を見に行こうと思うのですがご一緒しませんか?」
ミミがそう声をかけてくれた。
親切心で言ってくれてるんだとはわかってる。でも、男女で雪を見行くとかいうロマンチックなイチャコライベントに巻き込まれるのは心理ダメージがデカい。
「いや、寒いのは勘弁だなー。アタシはギリギリまでここでぬくぬくしたい」
「わたしもだ。帰り道で嫌でも雪を見る羽目になりそうだからな。遠慮させてもらおう」
たぶんルカもおんなじ考えだったんだろう。適当に理由を付けて断っていた。
「オッケー。じゃ、ナッシー、コジャっち、また放課後ねー」
4人がワイワイ騒ぎながら出て行くのを見守って、アタシは背もたれに深く沈みこむ。
なんか疲れたなー…………。そんな心が顔と態度に出てしまったらしい。
「小鳥遊…………大丈夫か?」
ルカが――彼氏の前以外ではいっつもクールで鉄面皮で目つきが悪くて辛辣で世間を馬鹿にしているような死んだ目の――いや、これは流石に言い過ぎか――とにかくドライなルカが、本気で心配そうにアタシを見ていた。
「アタシは、別に………………」
見透かされたことが恥ずかしくて、その視線から逃れようとして、気づく。
彼氏にベタ惚れのルカは基本的に友情よりも恋愛を優先させる。遊びに誘っても彼氏とのデートを選ぶし、昼になれば彼氏とどこかでラブラブランチをとっていると聞いたことがある。
そう考えてみれば、ルカがこの食事会に参加する意味はない。こんなのはほとんどふーみんハーレムの集まりだ。彼氏との時間を割いてまで優先させるほどのものじゃない。
そんなルカが、彼氏よりも優先してくれたものがなにか、いまさらながらに気づく。
「…………………………大丈夫じゃ――ない…………」
だから、アタシを独りにしないでくれたその優しさに、素直に甘えることにした。