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第281話 恋の行方

 詞幸(ふみゆき)の姿は話術部の部室にあった。教室よりも落ち着ける場所をと季詠(きよみ)が手配していたのだ。窓辺に立って秋晴れの空を見上げていると、その扉がノックもなしに力強く開かれた。

「おっす、ふーみん!」

愛音(あいね)さん!」

 その溌溂とした声に彼は笑顔の花を咲かせる。愛音の態度はいまの状況を考えれば場違いなほどの明るさだが、しかし最近その明るさに触れていなかった彼にとっては嬉しいことこの上なかったのである。

「ふーみん、ごめんな。お前のことずっと避け続けてて」

 彼女は詞幸の前まで来ると、頭を掻きながらやや気恥ずかしそうにそう言った。

「ううん、そんなことないよ。俺の方こそ、いきなりの告白で混乱させちゃってごめん」

「おいおい、お前は間違ったことはしてないだろー? 確かに混乱はしたが、結果だけを見てそんな気安くホイホイ謝るんじゃないぞ。――あっ、でも、いきなりのセ●クスしたい発言は謝るべきだけどな!」

「いやそれは愛音さんが聞こうとしてきたから――いえ、ごめんなさい。俺が悪かったです」

 愛音がジト目で睨んでくるので素直に謝罪する。

「でも、愛音さんとそういうことする関係になりたいっていうのは本音だから。改めて言うけど、俺は、本気でキミのことが好きなんだ。ちょっと避けられたくらいじゃ収まらないくらい、キミのことを愛しく思ってる」

「うーー……そんなまっすぐ言われると覚悟してても恥ずかしいなー……」

 再び想いをぶつけると愛音は両頬を押さえて体を揺らした。彼女が照れる機会はなかなかないためこれまで気づかなかったが、これが照れているときの癖なのかも知れない。

「でも、嬉しいもんだな。そういう風に思ってもらえるってのは。充足感っていうのか? なんか、なんか、すっごく嬉しい。完全に語彙力がバカ丸出しだが、そんな気がする」

 呟くように言って彼女は顔を上げた。その表情はとても優しい。

「でもな、やっぱりアタシ、お前とは付き合えない。悪いな」

「……………………………………………………………………………………そっか」

 呆気ない。蓋を開けてしまえばあまりにも呆気ない返事だった。

 だからこそ、深く、痛い。

「あっ、勘違いするなよ! お前だからダメってことじゃないからな! 屋上で男が恋愛対象になるって話したけどあれが単なる勘違いってだけだからな! あんま落ち込むなよ!」

「…………それは、俺だけじゃなくて男全般がダメってこと?」

「ああ、どう考えても男は恋愛対象にならない。なんてったっておっぱいがないからな。どんなに膨れてようが男のアレは胸板であっておっぱいじゃない。だから男と付き合うなんてありえないんだ、悪いな。次の恋でも探してくれ――って探す必要もないか! このモテモテBOYめ! わははははっ!」

 わだかまりを吹き飛ばすように豪快に笑って、それでも眼前の浮かない表情に思うところがあったのか、愛音は頬を掻いて付け加える。

「……こういうことは安いドラマみたいで恥ずかしいからあんまり言いたくないんだが、お前が勇気出して告白してくれたんだから、アタシも一応言っておこう」

 咳払いを挟んで改まって、彼女は詞幸の顔をビシッと指差した。

「友達としてならお前のことは好きだぞ! 素直で裏表がなくていいヤツだし、男なのにオラオラしてなくて話しやすいし、これからも仲よくしたいと思ってる! お前がつらくなければ、これからも話術部で一緒にバカやろうな!」

「…………つらくなんてないよ…………俺は愛音さんに恋してるだけじゃなくて、憧れてるし尊敬もしてるんだから。だから、友達でいられることが、つらくなんてあるわけないよ……」

 絶対泣かない。彼はそう決めてこの場に臨んだ。

 それは、男が失恋で泣くことはカッコ悪いという意地もあったし、なにより愛音に気を遣わせたくないというのもあった。

 失恋の痛みを与えたという負い目を感じてほしくない。

 これ以上彼女を苦しませたくない。――友達として。

「おいっ、ふーみん…………泣いてるのか?」

「な、泣いてないよ! 俺はそんな女々しい男じゃないから!」

 だから、堪えた。正直危なかったが、なんとか堪えた。

「ただ、早起きで睡眠時間が短かったから欠伸しただけ!」

「そうか…………そうか………………」

 このときの愛音はどんな顔をしていたのだろうか。ぼやけた視界ではわからなかった。

「わははははっ、さっすがふーみん! アタシが見込んだ男だ! そう、青春に俯いてる暇なんてないんだ! 前だけ見てろ! おっと、そろそろキョミが登校してくる頃だな! よっし、ふーみん! 教室まで競争だ! よーい、ドン!」

「えっ、いきなり!? 待って俺鍵閉めないと! 待ってよ、愛音さああああぁぁぁぁぁん!!」


 こうして一つの恋が終わり、彼らは恋し恋される関係から普通の友達同士となった。

 話術部にもいつもの日常が戻り、今日も笑い事が部室を満たす。

 詞幸の心にはまだ痛みがあったが、彼女を傷つけないように、苦しめないように、その甘苦い感情を表に出すことはなくなった。

 そして、やがてそれすらも時間の中で薄らいでいくだろう。

 移りゆく季節の中で、人の心も変わっていくのだから。

                              ――2学期編 完

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