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第280話 彼女の想いは 後編

詞幸(ふみゆき)くんは覚えてるかな……。入試の日のこと」

 季詠(きよみ)は涙をハンカチで拭って窓の外に視線を向けた。まるで記憶の中の景色を見るように。

「あの日、試験が終わったあと、駅までの道は受験生で溢れてて……そんな人ごみの中、知らぬ間に落としちゃった合格祈願のお守りを拾って届けてくれたのが――きみだった」

「うん、覚えてるよ……」

 けれど、それを渡した人の顔までは覚えていない。言葉にせずとも伝わったのだろう、彼女は痛い顔をした。

「――きみは、『人は多いし信号に捕まるしでなかなか追いつけなくて』って息を切らしてた。必死に追いかけてくれたんだと思う。『渡せてよかった。お守りなくなってたら不安ですよね』って嬉しそうに笑ってたの。そのあときみが反対の駅に向かって走っていくのを見て、『ああ、わざわざ帰り道とは逆の方に届けに来てくれるなんて優しい人だな』って思って――その瞬間にはもう、恋に落ちてたんだろうね。一目惚れだよ。あの人も私も受かってたらいいな、同じクラスになれたらいいなって、ずっと考えてた」

 季詠は感情が読み取れない声――否、感情を押し殺した声を淡々と紡ぐ。

「入学式の日に教室で詞幸くんを見たとき、『あのときの人だ!』って気づいて、『絶対この人は運命の人だ!』って思ったの。少女漫画の冒頭みたい――って。でも私は漫画のヒロインじゃないから、話しかける勇気が出なかったの。もし人違いだったらどうしようって、そんな風に考えちゃって……。ほら、入試のときから詞幸くん髪型変えたでしょ? それに話したのもほとんど一瞬だったから自信が持てなくて……。だから私は詞幸くんの方から気づいてくれないかなって、用もないのにわざときみの前を通ったりしてたんだよ?」

「…………ごめん。気づけなくて……」

「ふふっ、なんできみが謝るの? 謝るのは私の方なのに。まぁでも、そういう優しいきみだから私も惹かれたんだけどね」

「…………やっぱり、季詠さんが俺に謝る必要なんてないよ。どんなに自分を悪く言っても、本心が違ってたとしても、俺が季詠さんに助けられてきたことに変わりはないんだから」

 詞幸は嘘偽りなく告げる。しかし彼女は懺悔するように続けた。

「席替えをしてこの席になった愛音(あいね)と詞幸くんが話をするようになって、私は羨ましいと思うと同時に焦りを感じたの。この前詞幸くん話してたでしょ? 体育祭がきっかけで愛音に惹かれていったって。あれね、私気づいてたんだ。きみのことずっと見つめてたから」

 あの席替えの日の放課後、『月見里(やまなし)くんって愛音のことが好きなんだよね?』、『だって月見里くんいつも愛音のこと見てるじゃない』と季詠は言った。それは、彼女がいつも詞幸のことを見ているからこその言葉だったのだ。

「愛音をきっかけに私も詞幸くんと仲よくなれて、とても嬉しかったの。一緒にお昼食べて、話術部に入ってくれて、舞い上がった気持ちを表に出さないようにするのが大変なくらいで。でもどんなに仲よくなれても、お守りのことは話せなかった。話したくなかったから」

 人違いだったらどうしよう、という心配は関係ができていない間柄だからこそ生じる。親交が生まれてからならば、仮に人違いだったとしても大した恥にはならず、笑い話で済むのだ。

「あのお守りね、実は愛音のだったの」

 季詠は胸に拳を当ててきつく握り締めた。

「私と愛音は一緒に試験を受けてたんだ。詞幸くんがお守りを届けに来てくれたとき、あの子は人波に流されて近くにいなかったから、代わりに私が受け取ったの。私の友達が落とし主なんです、なんて、わざわざ勘違いを訂正する必要もないと思ったから、そのまま……。もし私がそのことを話したら詞幸くんと愛音の仲が深まるかもしれない、詞幸くんの素敵なところは私だけの秘密にしておきたい――そう思って、黙ってたの。詞幸くんが愛音と仲よくなる方法だって、いくつも思いついてたのに黙ってた。臆病で、意地汚くて、狡いから」

 彼女は自嘲気味に笑う。

「私は愛音のことをダシに使っただけ。私はね、あの子がきみのことを好きになるのを邪魔してたの。恋に疎いあの子が返事を保留するこの状況だって予想してた。でもきみが失恋してくれれば、私が恋人になれるんじゃないかって夢見て…………でも、詞幸くんがこんなに傷ついてるのに、元凶の私が黙って見てるだけなのは、罪悪感が酷くて…………だから謝ろうって…………でも……でもね、私、やっぱりもう詞幸くんと愛音の仲を取り持ちたくない…………!」

 それまで押し殺していた感情がポロポロと零れる。

「もう私の1番は愛音じゃないの! 詞幸くんの気持ちを独り占めするあの子に嫉妬してる……! 親友なのに……愛音は私と一緒にいたいって、本気で想ってくれてるのに……心の中ではあの子を疎ましく思うこともあって……それだけ、きみのことが大好きなの! だから、つらいの…………。もし二人が恋人になったら、もう私、愛音の親友じゃいられない…………」

 背中を丸めて泣く彼女にかける言葉としてこれは正しいのだろうか、迷いながらも彼は言う。

「……実は俺、季詠さんは俺のこと好きなんじゃないかって感じることが何回もあったんだ」

「え…………」

「俺にこんなによくしてくれるのは、優しいからとか優等生だからで説明がつくんだろうか、もしかして俺のこと好きなんじゃないか、って。でもその度に、俺のために協力してくれてるのに、そんな風に思うのは失礼だって考えて、気づかないフリをしてたんだ。だから……ごめん。きみの気持ちを無視してきて、ごめん」

「あはっ――あははっ、なにそれ。それこそ、詞幸くんが謝るようなことじゃないのに……。伝えられなかった、弱い私が悪いのに…………。でも…………弱い私はもう卒業したいから、嫌われることを怖がらないで、思ってることはちゃんと伝えるね――」

 季詠はなおも瞳を濡らしながら、それでもどこか晴れやかに笑うのであった。

「詞幸くん。私、きみと一緒にいたいの。だから、愛音にフラれても話術部には来てね?」

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