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第279話 彼女の想いは 前編

 10月ともなれば朝は肌寒さを感じる。それがいつもの登校時刻より1時間も早いとなればなおさらだ。

 いつもならやっとベッドから這い出してくるような頃合い。詞幸(ふみゆき)はひと気のない校舎へと足を踏み入れた。

 遠くに部活の朝練をする生徒たちの声が聞こえるが、それが一層校舎内の静けさを際立たせている。

 彼がこんな時間に登校してきたのにはわけがある。

 愛音(あいね)から告白の返事を受けるためだ。

 季詠(きよみ)から連絡があったのは昨日、御言(みこと)詩乃(しの)が持ってきたお見舞いの品を3人で食べているときだった。

『愛音が告白の返事を直接したいと言うので明日の朝教室に来てください。時間は――』

 本人からの直接の連絡でないというところが不器用な愛音らしい。返事をするだけならば電話でもメールでも可能だが、それをしないということもまた意外に情の深い彼女らしかった。

『スタンプで適当にフラれるよりいいじゃん。みっともなく足掻いて来れば?』

 とは詩乃の言だ。彼女なりに背中を押してくれたのだろう。

『悲しみに耐えられなくなったらわたくしが慰めてあげますから、悔いのないよう思いの丈をぶつけて思う存分フラれて来てください』

 御言もそう辛辣に言って微笑んでいた。

(二人共俺がフラれると本気で思ってるんだよなあ……。酷いけど……恋愛に対して自分を貫くあの正直さは見習うべきかもしれない)

 覚悟をしておけという忠告なのだろうが、想い人に対してああもキツいことを言えるというのは、一種の信頼の表れとも言えるだろう。ここまでなら言っても大丈夫、こんなことで嫌いになる人じゃない、自分たちの絆は壊れない、そう信じているからこその言葉だ。

 ならば、そう信じてもらえたとおりに在らなければならない。この想いが成就してもあの二人との絆は壊れないと、この想いが潰えても愛音との友情は壊れないと、強い芯を持たなければ。

 1年B組のドアの前に立って深呼吸した。この扉の向こうにいる愛音の姿を想像し、これまでの日々を思い出し、溢れる想いで身を焦がす。

 再びこの気持ちを伝えるために。

 決意と共に扉を開き、窓際の最後方、自分の席の後ろに位置する彼女の席に目を向け、

「おはよう、詞幸くん。本当に風邪だったんだってね。体調は大丈夫?」

 そこに座って薄く笑う季詠に呆然とした。

「季詠さん……? なんで……?」

 ここにいるのは愛音のはずなのに、なぜこの誰もいない教室に彼女だけがいるのか。

 彼女は朗らかに答えた。

「ごめんね。きみには嘘をついたの」

「噓……?」

「うん。本当の時間より30分早い時間を伝えてたの。だから安心して? 30分後に愛音はちゃんと来るから」

 彼女の隣に立つ。季詠はどこか愛おしそうにその机を撫でながら言う。

「なんで? って顔だね。そうだよね、いきなりそんなこと言われても混乱しちゃうよね。でもね、愛音が返事をする前に、私はきみと話をしたかったの」

 そう言って彼女は前の席を示した。状況が呑み込めないまま彼は自席に着き、いつも愛音と話すときそうしているように体を斜め後ろに向ける。

「俺と話したいことって……?」

「うん。私、詞幸くんに謝らなくちゃいけないと思って。いまきみにつらい思いをさせてるのは私のせいだから。ごめんなさい」

「そんなっ! 季詠さんが謝ることなんてないよ! 俺が愛音さんに避けられてるのは、俺の告白の仕方が悪かったせいだから。俺の責任だよ……」

「ううん、違うの」

 彼女が首を振ると長い黒髪がさらさらと揺れた。

「私ね、詞幸くんの恋を応援してなかったの」

 冷えた教室で、寒々しい言葉で、けれどなぜか彼女は温かく笑う。

「いや、そんな……だって、いろいろ協力してくれたじゃない。誕生日プレゼントを一緒に選んでくれたり――」

「それはね、私が詞幸くんと一緒にいたかったからなの」

「え?」

「あははっ、やっぱり気づいてなかったんだね。私がきみの恋の応援を買って出たのはね、それを口実にしてきみと一緒にいられる時間が増えると思ったからだよ。恋愛経験のない愛音を心配したから――なんて理由は真っ赤な嘘。むしろ男子にまったく興味のない愛音なら間違ってもきみを好きにならないと踏んでたくらい。でも……ふふっ、あんまり意味はなかったね。私たちちょっと似てるもんね。愛音が詞幸くんのことをそういう目で見てなかったみたいに、詞幸くんも私のことそういう目で見てなかったんだもの」

「季詠さん…………」

「ここまで説明すれば、いくら鈍感なきみでもわかってくれたよね?」

 それまで饒舌に、でありながらまるで機械のように無感情に話していた彼女の瞳から、一筋の光が流れた。

「私…………詞幸くんのことが好きなの……。ずっと前から…………」

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