第27話 ミューズ
『私も今のは月見里くんが良くないと思う。冤罪かもしれないから絶対謝るべきだとは言えないけど……たとえ胸じゃなかったとしても女子の体に触れたんだから、そのことはフォローしておかないと』
生徒たちで賑やかな廊下をペタペタと力なく歩きながら、詞幸は季詠に言われたことを思い出していた。
「はああああぁぁぁぁぁ~~~~~………………」
喧噪の中に深い溜息が吸い込まれていく。
(また愛音さんを怒らせちゃったよ……せっかくまた一緒にお昼食べられるようになったのになあ……帯刀さんも心なしか視線が冷たかったし……)
季詠のパンツを覗いてしまった際、詞幸は見ていないとその場凌ぎの嘘をついてしまっている。この事件でも、本当は触っているのに触っていないと嘘の供述をしていると思われているのかもしれない。
(全然そんな感触はなかった。なかった、けど……俺が気づいてないだけで実は触っちゃってたのかなあ/// ――はっ、ダメだダメだ!)
頭の中に浮かびかけた邪な高揚感を振り払う。同意もなしに触って喜ぶなんて下衆のやることだ。
などと種々の思案をしているうちに目的地に着いた。
話術部の部室の下、特別教室棟3階にある第1音楽室。
次の時間の選択授業は、詞幸たちの1年B 組と隣クラスのA組生徒の混合で行う。
愛音は詞幸と同じく音楽を選択しているが、季詠は美術を選択しているためここにはいない。つまり助け船は望めないのだ。
「よしっ」
落ち込んだ気持ちを立て直すため、詞幸は腹に力を込めてからドアを引いた。
すると、教室内から意外な人物に声をかけられた。
「あら詞幸くん、ごきげんよう」
「え、上ノ宮さん?」
女生徒たちの一団から抜け、御言が昼下がりの日差しのように穏やかな笑みで近づいてくる。
まるで空気まで彼女の存在感を演出するかのごとく、詞幸の前に立つと花の香りが舞い上がった。
「なんで?」
ここにいるの? と視線で問いかけると、
「わたくしもこの授業を選択しているのですよ」
と答え、悲しげに目を伏せた。
「その反応、とても悔しいです。わたくしの存在を認識していなかったなんて……親の意向で幼い頃から声楽を学んでいるので歌には自信があったのですが……先日の歌の発表は印象に残らなかったのですね……」
俯き加減に御言は言い、よよよ、とわざとらしく目元を覆ってみせる。
しまったと思った詞幸は記憶の糸を手繰り寄せようと試みた。
1週間前の授業で行われた歌のテスト。定期テストのない選択科目であるため、成績の指標とするために実施されたものだが、詞幸は自分の発表への緊張と愛音の歌声への陶酔から、それ以外の発表に集中していなかったのだ。
(全然記憶にない……)
そのことが顔に出てしまった、
「酷いです詞幸くん。貴方はわたくしが心を籠めて歌っている姿にまるで興味がなかったのですね」
「ごめん! 自分のことに手一杯で聞いてなかったっ。このとおり、許してください!」
手を合わせてまで許しを請うのは、御言を恐怖の対象として認識してしまっているためだ。
「いいえ、許しません。許さないので、マイナス5ポイントです」
「それなんのポイント!?」
「うふふ、好感度のポイントですよ」
胸の前で両手を合わせて小首を傾げさせる。その表情はにこやかだ。
「マイナスが累積してマイナス100ポイントを割り込むと…………これ以上は恥ずかしくて言えません」
両頬に手を当てて身を捩ってみせる。愛らしい仕草であるはずなのに詞幸の背には冷や汗が伝った。
「ちなみに今は合計でマイナス30ポイントです」
「いつの間にか逆鱗に触れてた!?」
「いいえ、詞幸くんは特別にマイナス25ポイントスタートなので」
「理不尽!」