第278話 見舞われて 後編
「はぁ……心配して来てみればピンピン――いや、ビンビンしてんじゃん。なにこの写真」
御言のスマホを見てそう吐き捨てた詩乃はベッドに腰かけている。この部屋に椅子は勉強机用の一脚しかないのだが、それは御言が使用しているためだ。
「大体みーさんもみーさんだよね~。この程度の写真を大はしゃぎで見してきてさぁ、パンツの中に手ぇ突っ込んでるだけじゃん。そりゃ男子高校生なら毎日こういうことするっしょ。あ~あ、つまんないつまんない。こんなきったない写真見て損した気分だわ~」
「あの…………詩乃さん? そう言いながら画面を操作してなにしてるんですかねえ?」
「…………………………」
彼女は答えず、今度は自分のスマホを取り出し、画面を見て「よし」と邪悪に笑った。
(あっ、これもう手遅れなやつだ…………)
こうなるともう諦めるしかない。これからは御言だけでなく詩乃までもが写真をネタにした要求をしてくる恐れが生まれてしまったのだ。
「てかさぁ、ホントに元気そうじゃん。やっぱ風邪ってのはウソなんでしょ? ナッシーと顔合わせるのがつらくて学校休むための」
御言にスマホを返しながら詩乃は聞いてきた。写真の件はもう終わった話題のようだ。
「いや、本当に熱はあったんだよ? 朝は38℃台でさ。いまはだいぶよくなったけど――って、うわっ、もう6時!? 10時間近く眠ってたのか…………。そりゃあ体調もよくなるよ」
騒動のせいでそれどころではなかったが、部屋に差し込む光も西側に移ってその色を茜に変えている。
「え~っ、心配して損した~……。仮病じゃないならお見舞い来る必要なかったじゃ~ん」
「いや、普通逆でしょ。仮病だったらお見舞い来なくても大丈夫じゃない?」
「普通はね。でも今回の場合は逆。風邪はほっときゃ治るけど心が傷ついたのはほっといても治んないから。てゆーか風邪だったらうつされんのヤだし」
嫌そうな顔で距離を取る彼女だが帰ろうとはしない。やはり心配してくれているのだ。
「そっか……。ありがとね、詩乃さん。御言さんも、わざわざ来てくれてありがとう」
「いえいえ、愛しの詞幸くんがダウンしていると聞いてはお見舞いに伺わないわけにはいきませんし、それに、4か月ほど前にお見舞いをしてみたいと言ったではないですか。その伏線回収もしないといけませんので」
「相変わらず変なところに気を配るね…………」
もっとも、それだけが理由ではないことは詞幸にはわかっていた。
彼女らは別々にやって来たのだ。詩乃の反応を見るに、お互いがお見舞いに来ることを知らない状況で。それはつまり、彼女らが相手に抜け駆けして詞幸と二人きりになろうと考えていたことを意味する。
愛音に想いを伝えたあとだというのにそこまでの好意を向けられて、詞幸は熱がぶり返しそうだった。
「あ、そうだ。忘れてたけど……ウチはお見舞いだけじゃなくて、報告に来たの。どうせなら直接話した方がいいと思って……」
「報告……?」
詩乃は頷くと、詞幸の顔色を窺うように話し出した。
「ほら、昨日ネナッシーが部活来たって連絡したじゃん? んで今日も来たんだけど…………や~、詞幸がガチで風邪引いてるってウチ思ってなくて、アンタが休んだのってナッシーのせいだと思ってたからさ~……あのコに当たっちゃったんだよねぇ…………」
額を押さえるのは自分の行いを心から悔いているからだろう。
「ウチらが告白のこと知ってんの話してさぁ、『らしくもなくずっとウジウジ悩んでないでさっさと返事しなさい! アンタのせいで詞幸も苦しんでるんだからね!』って」
「そうしたら愛音ちゃんも『お前にアタシのなにがわかるんだ!』と怒鳴り返してそのまま喧嘩に――うふふっ、まさに青春という感じでとっても素敵でした」
「え……大丈夫なのそれ……。笑い事じゃないんじゃ……」
「うふふっ、すぐ笑い事に変わりますよ。お二人は元々大の仲よしですから。ね、詩乃ちゃん?」
「はいはい、すぐ仲直りすればいいんでしょ? ったく…………」
詩乃は唇を尖らせる。不服そうな口ぶりだが、その顔は申し訳なさでいっぱいになっていた。
「ありがとう、詩乃さん」
「…………なにが?」
わかっているだろうに彼女はとぼけてみせた。けれど彼はそれで誤魔化されるべきではないと思い、あえて言葉にした。
「俺のために怒ってくれて、ありがとう」
「べ、別にアンタのために怒ったんじゃないし! ただウチはあーゆーウジウジした態度が気に食わないから怒っただけ! てか単純に勘違いして先走っただけだし!」
「まぁっ、詩乃ちゃんったらお手本のようなツンデレですね。うふふっ、とっても可愛いです」
「茶化さないで! あんなガチ説教したクセに誤爆とか超絶ダサくて死にたいくらいなんだから……。ナッシーにも悪いことしたし…………。あ~、もうマジ自己嫌悪…………」
彼女は両手で顔を覆ってしまった。御言はその肩に優しく触れる。
「詩乃ちゃん、そこまで思い詰めているとは知らずに軽口を叩いてすみません。お詫びと言ってはなんですが、元気の出るものをお見せしましょう。これです」
そう言って御言は詩乃に自分のスマホを手渡した。
「先ほどのお宝写真の前に撮影した動画です❤」
「うわっ、詞幸のが――えっ、えっ、へ~、そんなになるんだ~。ヤッバ、エロ~い❤」
「写真だけじゃなかったのおおぉぉぉ!? お願いだから消してくださああぁぁぁい!!」
お見舞いなんて碌なもんじゃない。彼はもう2度と学校を休まないと誓った。